ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS 賢者らは 過去の汚れを 捨て去って 新たに汚れ 作り出さない<913>

<<   作成日時 : 2015/06/13 03:48   >>

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○少年少女のためのスッタニパータ<913>
・・・
自分を責めるでもない
自分を許すでもない
ピッタリの道がありそうだ。


第4 八つの詩句の章 13.大集積経 19.

○毎田周一先生訳
913.
過去の煩いを捨てて新たにそれを作り出さず
欲望をかきたてず しつこく論ずることもなく
聡明な人は 色々の物の見方に捉われず
そして世間からは汚されず われとわが身を責めることもない


○中村元先生訳
913
過去の汚れを捨てて、新しい汚れをつくることなく、
欲におもむかず、執著して論ずることもない。
賢者は諸々の偏見を離脱して、
世の中に汚されることなく、自分を責めることもない。


○正田大観先生訳
920.(913)
諸々の過去の煩悩を捨棄して、諸々の新しい〔煩悩〕を作らずにいる者は、
欲〔の思い〕に至る者ではありません――また、〔特定の見解に〕固着して説く者でもありません。
彼は、諸々の悪しき見解から解脱した者、〔真の〕慧者です。
自己を難じることなき者は、世において、〔何ものにも〕汚されません。(19)


○パーリ語原文
919.(913)
プッバーサウェー   ヒトゥワー    ナウェー     アクッバン
Pubbāsave        hitvā       nave        akubbaṃ,
過去の汚れを     捨てて      新しいものを   作らない

ナ    チャンダグー   ポーピ    ニウィッサワーディー
na    chandagū      nopi      nivissavādī;
ない  欲に赴かず    又ない    執着論者で

サー    ウィッパムットー    ディッティガテーヒ   ディーロー
Sa      vippamutto       diṭṭhigatehi        dhīro,
彼は    解脱して        見解から         賢者

ナ    リンパティ    ローケー   アナッタガラヒー
na     limpati      loke       anattagarahī.
ない   汚され      世の中で   自分を責めることも


○一口メモ
今回の主義主張に固執しない人は「聡明な人」、「賢者」、「〔真の〕慧者」と表現されています。それらの人々には次のような特徴があります。

中村先生訳では、@過去の汚れを捨てる。A新しい汚れを作らない。B欲におもむかない。C執著して論じない。D諸々の偏見を離脱する。E世の中に汚されることがない。F自分を責めることがない。

毎田先生訳では、@過去の煩いを捨てる。A新たに煩いを作らない。B欲望をかきたてない。Cしつこく論ずることがない。D色々な物の見方に捉われない。E世間から汚されない。Fわれとわが身を責めることもない。

正田先生訳では、@諸々の過去の煩悩を捨棄する。A諸々の新しい〔煩悩〕を作らない。B欲〔の思い〕に至らない。C、〔特定の見解に〕固着しない。D諸々の悪しき見解から解脱している。E世において、〔何ものにも〕汚されない。F自己を難じることがない。

今回の偈のキーワードは「汚れ=煩い=煩悩」です。過去の汚れは捨てて、新しい汚れは作らない、そして世間の人々からも汚されないということが大切です。

Fの自己を責めるとは、後悔することで、過去という妄想に捉われた煩悩なのです。自分を責めてはいけません。自分を責めることは良い事だと勘違いしている方がおられますので、注意しておきます。


賢者らは 過去の汚れを 捨て去って 新たに汚れ 作り出さない<913>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


〜〜〜〜〜〜お知らせ〜〜〜〜〜〜

◎特別連絡:6月12日(金)から6月16日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。尚、朝5時から7時の自主瞑想回は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では、通常は毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。また変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090−2311−9317に御連絡下さい。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
今回の偈は、すぅっと入ってきました。「ああ、これが目指すべきところだ」と、素直に理解できました。さらに先生のお言葉の「汚れ=煩い=煩悩」・「自分を責めてはいけません」という二つの教えで、気持ちが落ち着きました。
熱海でのご指導に加え、私たちにいつも通りの丁寧な解説を施していただき感謝申し上げます。ありがとうございます。
kempsford
2015/06/13 04:13
反省は大切だと思いますが、「ああすれば良かった」「こんなハズじゃなかった」などと過去を思って怒るのは、悪の上塗りでしかないように思います。

後悔して自分を責めても、単に鬱気分、場合によっては鬱病になるだけです。


2015/06/13 04:19
おはようござます。毎日、有難うございます。
「自己を責めるとは、後悔することで、過去という妄想に捉われた煩悩なのです。」という説明で理解できました。

よく、球技の試合で負けた原因を作った選手が自己を責めている発言を聞きます。反省は大切だと思いますが、過度に自己を責めることになると、それは「反省」ではなく「後悔」になると思います。

私も日々の生活を「後悔」しないよう送りたいと思いました。
みき
2015/06/13 05:18
おはようございます。
ワンギーサ長老の分かり易い解説の「過去の汚れは捨てて、新しい汚れは作らない、そして世間の人々からも汚されないということが大切」心に響きます。
過去の何かを引きずり・世間の人に影響され・・は日常にある事と思います。そのような状態を超えれるように精進したいです。
ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
身の丈修行者
2015/06/13 07:24
私は結構後悔することが多いのですが、後悔の念が自分を縛り、行動を妨げていることが分かってきました。反省するのもそれなりに目標を設定しないと私の場合、自己満足と妄想の繰り返しで終わる傾向があるように思います。過去を思い出すことにもっと注意します。ありがとうございました。
エル
2015/06/18 22:48
過去のあやまち、私には沢山あり、それで出来ている流れがあると思います。そしてそれを浄化しようと思いますと、それはそれでエネルギーが生まれる様に感じます。そのような状態から一歩出れるような智慧を持てるように、精進したいです。
こころざし
2016/11/15 19:54

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