ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS 明知は、学んで身につけるものでは無い。

<<   作成日時 : 2017/05/16 04:24   >>

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ワン爺の独り言(2017.5.16.)
「『省察のよすが』は『慎み』『正しい心構え』『明知』であると言えます。」と述べましたが、その中の『明知』については説明していませんでした。そこで今回、『明知』について説明することになります。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou114.htm

(以下引用)

【明知】

世において知るべきことを知るべきことであるとこころに知り、知るべきでないことを知るべきでないことであるとこころに知っている人。かれが明知の人である。かれは、ことに臨んで、見えないものを見てその真実のすがたを捉え、また聞こえない声を聞いてその真実の意味を知るのである。

明知は、学んで身につけるものでは無い。明知は、努力によって獲得するものでも無い。かといって、明知は、いわゆる素質と言うべきものにはあたらないものである。ただ明知は、それがあるときにかれにはそれがあるのだと確かに認められる「それ」に他ならず、その由来を過去・現在・未来に亘るかれ自身にも、また本人以外の何ものにも求めることはできない。それゆえに、明知は<明知>と名づけられるのである。

人は、明知によって道を見いだし、ついに究極の境地(=ニルヴァーナ)に至る。それゆえに、やすらぎを求める人は、自分ならざる何ものにも依拠することなく、ただ自らに依拠して、よく気をつけて世を遍歴すべきである。こころある人は、他ならぬ自らが自分自身の明知を信じ、自らの道のあゆみを浄くせよ。

人がまさしくこのようにして覚りの境地に至ったとき、かれは<明知>の真実について理解することになるのである。

(以上引用)


※ワン爺のコメント
私は若い頃、「知ったことを知ったとし、知らないことを知らないとする。これが知るということだ。」という言葉を論語で学びました。今回70歳を過ぎて、「世において知るべきことを知るべきことであるとこころに知り、知るべきでないことを知るべきでないことであるとこころに知っている人。かれが明知の人である。」という言葉を学びました。そういうものだと思います。


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