ワン爺の独り言(旧困った時はダンマパダ)

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zoom RSS 行為の顛末と帰趨

<<   作成日時 : 2017/08/03 10:21   >>

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ワン爺の独り言(2017年8月3日)
世間では、いろいろな事件や出来事について、あれこれ騒いでいます。しかし、大切なことは、それらの根底の『それ』を観ることです。
http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou180.htm



(以下引用)


【行為の顛末と帰趨】



世人は、自分のことであれ他人のことであれ、ことの顛末と帰趨とを見ては、「ああ これはこのようになるのだな」などと言って楽しみ、悲しみ、またさまざまに想いを馳せる。しかしながら、それらは、ことがらの本質を見極めたものとは言えず、ただことがらを自分の都合の良いように(妄執して)感受したに過ぎないのである。したがって、それらは正しい省察に結びつくことがなく、詰まるところ空しい行為とならざるを得ない。



その一方で、行為の顛末と帰趨とを見極める人は、ことがらの顛末と帰趨そのものにこだわることなく、ことがらがどのように為され、それが真実には何であったのかについて(妄執することなく)観察して、そのすがた(=真実のありさま)を知るのである。そして、たといそれがそのような顛末であろうとなかろうと、またそれがその帰趨に帰着しようがしまいが、自分はその行為を断乎としてそのように為したであろうと正しく考え、根底の決意を堅固ならしめる。それは、何かに固執して考えたものではなく、ことがらのあり得べき究極の帰趨として最初の行為を認知・認証するということなのであり、しかもそれは自分勝手なものとはならない。

けだし、賢者は、心構え正しく、事前の知識や予めの想いによってそれぞれの刹那の振る舞いを決めたりせず、それぞれの処理は対機であり、心はつねに柔軟であるからである。



歓喜に束縛される者は、行為の真実を見極めることは難しい。その一方で、すがたを見て、しかもそのすがたに心が動ぜられることのない人が、行為の真実を真如によって見極めて、過ちを犯さないのである。



他の人の行為をいかように吟味しても、それは覚りの参考にはならない。それどころか、自分の行為さえもそれを(妄執して)感受するならば、やすらぎには役立たないものとなる。しかしながら、他の人の行為を見て、その行為が為された根底の「それ」を観るならば、それは自らの省察の機縁となり得るものであり、それが自分の行為についての省察ならばなおさらである。



聡明な人は、行為の顛末と帰趨とをまさしく見極めて、自らの省察(=観)を完成せよ。


(以上引用)



*ワン爺のコメント

ダンマパダ50番の偈は次の通りです。

「他人の過失を見るなかれ。他人のしたことしなかったことを見るな。自分のしたことしなかったことを見よ。」(中村元訳)

この偈は大変有用で、このブログでも何度も引用し、解説もしてきました。その一つが次のアドレスにあります。
http://76263383.at.webry.info/201204/article_26.html


しかし、私は「自分のしたことしなかったことを見よ。」について深くは考察していませんでした。

今回のSRKWブッダの理法では、自分のしたことしなかったことの何を見るかが示されています。「その行為が為された根底の『それ』を観る」ことが大切なのです。








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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「行為の顛末と帰趨」の文章が、何を言わんとしているのか、その真意を知るのは難かしいだろうと思います。

それを見極めるようとすることが、「観」になるのではないでしょうか。


✳︎「その一方で、すがたを見て、しかもそのすがたに心が動ぜられることのない人が、行為の真実を真如によって見極めて、過ちを犯さないのである。」

なぜそのすがたに心が動ぜられないのでしょうか。ここが大事なところです。
Satya
2017/08/03 21:28
自分から世界が開けている、という妄執があり、そういう妄執の中にあって行為の顛末と帰趨をただ静かに受け止めて、必然的に自然に対応する。そうすることで、「自分から開けている世界」という妄執(自明性の罠)が自ずから剥離する。
「自分から開けている世界」に於いては実は他者は、自分との距離と位置という記号としてしか存在しない。なので、「自分から開けている世界」を剥離させるために、他者の行為を思い煩う必要はない。なぜなら全ての他者は自分の投影であり妄想だからである。
ま、そんな感じで受け止めてみました。
白ギツネ
2017/08/04 07:16

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