愛から憂いと恐れが生まれる

ダンマパダ 212、213

愛から憂いが生まれ
愛から恐れが生まれる
愛から離れた人には憂いがない
どうして恐れがあろうか

愛着から憂いが生まれ
愛着から恐れが生まれる
愛着から離れた人には憂いがない
どうして恐れがあろうか


*訳注:憂い(パーリ語でsoka)は愛する人との別離、憎む人との出会い、求めて得られないことによる精神的な苦痛を言う。

*これらの詩から学ぶこと

 私たちは、愛や愛着を否定的な意味には理解してない。しかし、物事には必ず二面性がある。喜びの裏には必ず悲しみや苦しみが隠れている。たとえば、子供が生まれれば、みんな喜ぶ。
 しかし、生まれた赤ちゃんもこれから人生の苦労が始まるのだ。楽しいこともあるが、苦しいことが多い。そあいて結局は死ぬ。両親はこれから子育ての苦労が始まるのだ。自分が生きていくだけでも大変なのに、何にもできない赤ちゃんを育てるのだから大変だ。しかも、若い両親は子育ての経験などないのだから、どうしていいかわからない。最近では育児ノイローゼのお母さんが多いとも聞く。赤ちゃんの誕生を手放しで喜んではいられないのだ。愛しい赤ちゃんが生まれると、憂いと恐れが始まるのだ。

 しかし、愛や愛着をはなれて、子供が生まれたのだから育てる。そうすると子育てより面白いものはないそうだ。こどもは毎日変化、成長している。無常を体験できる。実は無常の研究より面白いものはない。日本の独創的な数学者といわれた岡潔先生は孫を観察して心の成長を研究したそうだ。とにかく子供の成長は面白い。また、子育ての苦労以上のもを親に与えてくれるそうだ。子供ができることによって、人は親になる。今までいい加減な人間も少ししっかりした人間になる。今まで自分のことしか考えなかった人間が、自分を離れて相手のことを考えるようになる。これは人生で初めて事件なのだ。愛や愛着をはなれた子育てには憂いや恐れはない。

 子育てに限らず、どんな事柄やどんな人にも愛や愛着を持たないで、取り組むことだ。そうすれば、不思議なことに、そこには憂いや恐れはない。

 「何事も愛や愛着持たずに臨めば憂い恐れは消える」

~わたしは幸せでありますように~
~あなたは幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

ホーシノハタラキ
2008年07月20日 14:30
ワンギーサさん、本日もありがとうございます。さて、早速ですが、ここで言う「愛とか、愛着」とは何でしょうか? それはエゴなのですか。自我なのでしょうか。欲望なのでしょうか。自分が幸せでありたいと言う心の汚れを捨てなさいと教えているのでしょうか。慈しみの心で生きるならば怖れや憂いは起こらないということですね。
身の丈修行者
2015年02月13日 13:11
ワンギーサ長老解説の分かり易い「どんな事柄やどんな人にも愛や愛着を持たないで、取り組むことだ。そうすれば、不思議なことに、そこには憂いや恐れはない」とても勉強になります。
無常を理解して接する形にもなるでしょうか。
実際に実感できるように精進して参りたいです。

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