法悦と法楽を知り法を思惟し法を随観する比丘は善し

ダンマパダ 364

法を喜び、法を楽しみ
法を思惟し
法を随観する比丘は
正法から逸脱しない


○この詩から学ぶこと

 この詩が出来た由来の物語があります。釈尊の寿命が終わりに近づいた時、釈尊は「比丘たちよ、私は四ヶ月後に、完全涅槃に入るであろう。それまでに疑問があれば何なりと聞くがよい。」と告げられました。すべての比丘は驚きました。特にまだ悟りを開いてない比丘たちは動揺して釈尊のそばを離れませんでした。ところが、ダンマーラーマ(法を喜ぶ)という比丘は一人で黙々と冥想をして修業に励んでいました。彼を誤解した比丘たちは「ダンマーラーマはあなたを愛さず尊敬もしてないので、あなたに会いに来ません。」と釈尊に訴えました。釈尊はダンマーラーマを呼んで、その理由をたずねました。彼は「私はあなたが生きておられるうちに、最高の悟りを得たいと独りで修行に励んでおりました。」と答えました。釈尊はこの言葉に大変満足して、彼を誉め「法を学習、実践する人こそが、私を愛し尊敬する人だ」と喜ばれて、上の詩を唱えられました。

 今回の詩は、この比丘の名前ダンマーラーマ(法を喜ぶ)という名前から始まります。この比丘は自分の名前から始まる詩を作ってもらって大変嬉しかったのでしょう。彼はこの説法によって阿羅漢果を得たということです。

 法を喜び、法を楽しみ、法を思惟し、法を随観する比丘は、何をするのでしょうか?長部経典第二十二「大念処経」の中の「法の随観」で調べてみましょう。
1.五蓋の観察 2.五取蘊の観察 3.六内処と六外処の観察 4.七覚支の観察 5.四聖諦の観察。 これらの詳しい内容は「大念処経」を読む必要がありますが、要約は昨日紹介した「初期仏教キーワード」に記載されています。

 「初期仏教キーワード」の中には五蓋の内容は不善心所としてすべて説明されれいますが、五蓋としては記載されてませんので、少し説明しておきます。五蓋は、14ある不善心所から特に、悟りを妨げる心の要因として7つピックアップし、5つにまとめたものです。1.貪欲 2.怒り 3.昏沈・睡眠 4.掉挙(浮つき)・後悔(悪作) 5.疑です。 冥想中にこれらは心の中に現われ、冥想を邪魔するのです。しかし、これらを観察すると、消えます。ですから、しっかりと観察する必要があるのです。

 なぜ、消えるのか? 自分で冥想して確かめて下さい。心には自浄作用があります。しかし、これは観察しなければ働きません。自分の欠点を認識しなければ、自浄作用は機能しないのです。

 このようにして、いろいろな法を観察し、四聖諦を理解し、すなわち八正道を実践することになるのですが、そうすればその比丘は正法から逸脱することはありません。このことは在家の修行者も同様です。

○法悦と法楽を知り法を思惟し法を随観する比丘は善し
 
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年11月04日 07:15
ワンギーサさん、おはようございます。ダンマーラーマ比丘の話は有名ですが、冷静に考えるとなかなか出きるものじゃないと思います。それ以上にお釈迦様の教えを実践する者にとっては大変な励みになります。五蓋ですが、巨大化すると制御が困難になってしまいます。特に昏沈・睡眠はいかに早い段階で観察出きるかだと痛感しております。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年11月04日 09:45
ワンギーサさん 今朝もお説教ありがとうございます。
先週末から長老のご本「ついに悟りをひらく(七覚支瞑想法)」を2度ほど読んでみました。とても大切なことが書いてありました。私は今まで念覚支を大雑把にやっていました。魚が陸上で生きられるようになるためには、最初に厳密なサティを行わなければ不可能なようです。ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年02月20日 12:34
スマナサーラ長老・ワンギーサ長老らからもっと学ばせて頂きたいと心より思っています。
出来ればいらっしゃる所に伺って、修行をさせて頂きたいです。
ですが自分の今の環境から、距離もあるのでそうそう行ける訳ではありません。
必要な学びを頂戴しながら、ダンマーラーマ比丘の姿勢も模範にさせて頂いて、自分自身でも修行が進むように精進したいです。

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