貪欲と怒りと慢心悪意とをポロリと落とした彼はバラモン

ダンマパダ 407

錐の先の芥子粒のように
貪欲と怒りと慢心と悪意を
落とした人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩から学ぶこと

 「世間は常に燃えている」(ダンマパダ146)と釈尊も仰っています。その通りで、今日でも毎日毎日、事件事件、事故事故の連続です。この原因は人間の貪欲と怒りと慢心と悪意なのです。自然災害と言われるものも、人間が原因の地球温暖化が原因の場合があり、また人間が原因でない場合でも、その被害は人間が原因で増大しているということも言われています。

 いずれの場合も問題はすべて人間が原因なのです。この主張が正しいことを言うためには、その根拠を示さなければなりませんが、ここではすべての場合について検証は出来ませんので、二三の問題について、問題は人間が原因で起きていて、また人間が原因で解決できないのだと述べてみたいと思います。

 現在、アメリカ発の金融危機が起きています。これは先ず一部の人間の投機や不必要に巨大な貪欲が引き起こした結果であることはだれも否定しないと思います。他の原因があっても、調べてみればそれは人間の貪欲が原因であることが分かるはずです。

 金融危機が原因で世界的な不景気になっています。その結果、日本でもトヨタやソニーやその他の企業が収益悪化するそうです。その結果、それらの企業は人件費を減らすために、従業員の解雇をすぐ方針として打ち出しました。失業した人々は、社宅から追い出され、生きていけなくなるのです。なぜこんなことをするのでしょうか。

 私は人件費を減らすのであれば、一部の人間を解雇するのではなく、全社員が賃金を一律に減らせばいいのです。世界的な不況であるのならば、みんなが少しずつ我慢すればいいのです。それをしないのは、人間の貪欲、自分さえよけれよいという怒りや慢心、悪意なのです。そして、弱い人々の対して慈悲の心で対応するということではなく、苦しみを押し付けているのです。

 話が少し広がり過ぎるかもしれませんが、私は金融危機などは、単なるお金の問題なのでたいしたことないと思っています。帳簿上金額の数字が減るだけです。それよりは食料危機は人間が生きて生きていくために必要な食料の不足ですから、それこそ深刻な問題なのです。国の指導者は真剣に考えて、今すぐ対策を立て、国民にもその対応をするように意識改革をしておく必要があるのです。それが国の防衛でしょう。今がチャンスなのです。雇用対策としても、食料危機対策としても、農業に必要な人員をまわすことが出来るのです。過疎地の再開発や地方に人々を呼び寄せることができるので、地方自治体もそのことを考える必要があるのではないでしょうか。

 多くの人々も欲の世界に引かれ農村を捨てて、都会に集中した付けが今現われているとも言えるのです。一度このように変化してしまった社会を単純に元に戻すことは出来ませんが、人間の欲と、無知がこのようにしてしまったこたは間違いありません。以上少し、いや大変に荒っぽい議論ですが、人間の諸々の問題は人間の貪欲と怒りと慢心と悪意は原因であることに気がついた人々は、自らの貪欲と怒りと慢心と悪意をなくすように努めるべきなのではないでしょうか。それは弱い人々や困っている人々への慈悲なのではないでしょうか。

 釈尊は貪欲と怒りと慢心と悪意をなくした人をバラモンと呼んだのです。

○貪欲と怒りと慢心悪意とをポロリと落とした彼はバラモン

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年12月15日 05:53
ワンギーサさん、おはようございます。まさに仰しゃる通りだと思います。そう思えるのは私が少しばかり仏教を学んだからです。今日だされた問題についての多くの解決策の議論は中間で現れた現象の是非や打開策についてです。その現象の多くは欲、怒り、慢心、悪意が絡んでいるとしか思えません。金融にせよ食糧にせよ投機的な要素を是正すべきである、とか。雇用についてはアメリカ型のグローバル経済システムの弊害だから他のシステムを早く構築しないと、とか…。…このようにやり方やシステム自体を否定して他の合理的と思われる社会システムの導入をいくら議論しても、欲、怒り、慢心、悪意という根本原因か根底にある限り、それは付け焼き刃の議論でしかないと思います。心していきたいと思います。有難うございました。
ツヨシ
2008年12月15日 06:19
 ワンギーサさん、新さん、おはようございます。
 怒りから、構築されたシステムは、社会に怒りを広げる、ということですね。
2008年12月15日 07:48
ワンギーサさん、ツヨシさん、おはようございます。今日のワンギーサさんの解説、ダンマパダの第一番目の偈に通じるものを感じました。心が親分なのですね。有難うございました。
2008年12月15日 08:40
ワンギーサさん、ツヨシさん、再コメントです。慈しみに基づくと結構いい考えが思いついたりします。仏教でいう智慧かどうかは別にして、ゴータミー精舎で出会った多くの人たちも同様のことを言ってます。私はまだまだ怒りっぽいのですが、慈悲の人は優しいだけでなく頭もかなり切れるのだと思います。有難うございました。
ホーシノヒトリゴト
2008年12月15日 11:16
ワンギーサ様、新様、ツヨシ様 お早うございます。
現在、世界規模で起こっている経済不況に伴う困難な問題についてとやかく評価できません。以前、A・スマナサーラ長老は、文明はエゴによって発展するからますます世の中は生きづらくなりますと仰いました。そこで私は、このますます生きにくい世界で一人の人間としてどのように生きるのかということを学んで行きたいと思っています。自分が喜び、相手が喜び、そして後悔しないように、少しでも世の中のために成長と言う変化をして行きたいと思っています。A・スマナサーラ長老を中心とするテーラワーダ仏教協会の発展のために微力ですがお手伝いをさせていただきたいと思っています。ワンギーサさんありがとうございます。
ワンギーサ
2008年12月16日 01:01
新さん、ツヨシさん、ホーシノヒトリゴトさん、いろいろコメントありがとうございます。皆さんのコメントをエネルギーにしてブログを書いています。
身の丈修行者
2015年03月13日 08:17
お金がないと生きていけない・・というのはある面で事実でしょうが、その度合いが濃くなるほど色々な意味で硬直してしまう・・印象を感じます。
実際私ももし職を失った・・と想像しますと、家族を抱え途方に暮れると思います。
心を成長させると共に、贅沢でないそこそこの生活を維持する位の収入があるように智慧をもって働く事も必要になるのかもしれないですね。

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