長短も微細粗大も浄不浄 関心ない人彼はバラモン

ダンマパダ 409

この世において、それが長、短、
微細、粗大、清浄、不浄にかかわらず
与えられないものを取らない人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩から学ぶこと

 「与えられないものを取らない」とは、人として守るべき道徳である五戒の一つではありますが、この戒律を守る人はバラモンと呼ぶというのは、既にバラモンについて大きな課題を与えられていることを考えると、少し基準が甘いのではないかと考える人はいませんか。

 確かに、そのように思う方はいると思いますが、私は、この詩において前半二行が重要な意味を持つと考えています。

 「この世」は現象の世界です。現象の世界は相対の世界です。長があれば必ず短があるのです。同様に、微細があれば粗大があります。また、清浄があれば不浄があるのです。少し理屈ぽくいうと、短がなければ、長がないのです。逆も同じで、長がなけれは短がないのです。もし長があったとしても、長だけであればそれが長か短か判断できないのです。微細・粗大、清浄・不浄についてもその他の事柄の評価についても同様なのです。

 しかし、愚か者は、そのどちらかに価値をおいて、ある時はそのどちらかを欲しがるのです。そして、それが高じると、与えられてないものも欲しくなって、与えられていないのに取ってしまうという結果になるのです。

 一方、賢者はその事実を知って、すべての事物に価値を置くということをしません。ですから、それを特別の欲しくなるということがないのです。この賢者は無執着なのです。それならば、彼は当然バラモンと呼ばれるべきでしょう。

○長短も微細粗大も浄不浄 興味ない人彼はバラモン

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

この記事へのコメント

2008年12月17日 05:41
ワンギーサさん、おはようございます。昨日まで日本経済や政治の矛盾について言及されてましたが、「慈しみ」に基づかないことへの批判だったように受けとめてます。これにならうと今日は「智慧」に基づかないことへの批判のように感じられます。消費者であれ企業の方針や宣伝であれ「差別化」「希少価値」「ブランドイメージ」「オリジナリティ」などを強調し消費する側もそれに惹かれたりしてます。単に怒りなど競争原理ではなく、本気でマジメに人のために商品努力したりするのを見ると、今日の詩の意味がよく分かります。本来は相対的なものに過ぎないのに「絶対的価値」を置いてしまい、求むてしまう。これは「無知」による経済活動の矛盾と言えるかもしれません。しかし克服は容易ではなさそうです。生活の中で比較によって判断するのを止めるとなると。有難うございました。
ツヨシ
2008年12月17日 07:26
 ワンギーサさん、新さん、おはようございます。
 比較を止めると、役に立つか、立たないか、で判断しますね。
2008年12月17日 08:15
ワンギーサさん、ツヨシさん、以前スマナサーラ長老に「一人暮らしなのに不必要な豪邸」というのも厳密に言えば「与えられてないものを取る」に該当すると教えて頂きました。以前このブログでも「修行するために必要なもの」というテーマで議論がありましたが、「それが自分にとって本当に必要不可欠なのか?」という問いを持ち、答えを出し、さらに実行する人はバラモンなのだと思います。今非常に便利な商品が出回ってます。専門店などではかなりアイデアを凝らし、日々の生活に役立ちそうなものが沢山あります。更に役立ちそうなものもみかけます。ただそれが必要不可欠なものかどうかとなるとかなり疑問です。「役立つ+必要不可欠」という観点から判断すれば生活の中でバラモンに近付けるのではないでしょうか?有難うございました。
ワンギーサ
2008年12月18日 01:08
新さん、ツヨシさん、コメントありがとうございます。皆さんのコメントは私の記事の補完をしてくれて、このブログを読む人のためになっていると思います。
身の丈修行者
2015年03月14日 08:00
自分達の利益になるように・・のような特権意識?で富と独占・・するのでなく、平等や、そもそもの味方・そうでない等の区別をせず皆さんに慈しみで・・、そんな流れが出来たら良いなと感じます。
身の丈で日々実践してみたいです。
身の丈修行者
2015年03月14日 15:02
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説「・・賢者はその事実を知って・・事物に価値を置くということをしません・・それを特別の欲しくなるということがない・・この賢者は無執着なのです・・」とても心に響きました。
「価値があるのか」という見方はその後の好き・嫌いに発展していってしまうように思います。
執着しない生き方、精進して参りたいです。

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