ハスの花ごみの山から咲くようにブッダの弟子は光輝く

ダンマパダ 58、59

大通りに捨てられた
ごみの山に
清らかな香りの心喜ばす
はすの花が咲くように

ごみ山のような生き物や
無知な凡夫の中で
正自覚者の弟子は
智慧で光輝く


○この詩から学ぶこと

 ダンマパダの詩の意味は深遠ですから、いろいろ理解できます。一概にこの理解が一番正しいとは言えないのです。読み手が真理の言葉を読んで、自分の心を育てるのに役にたてばそれでいいのではないかと私は思います。

 今回の詩もいくつかの理解ができると思います。

 その一は、「ごみの中でもハスの花が咲くように、無知な凡夫の中にいても悟ることができる」という理解です。このように理解する人は悟りは清らかなものだから、本来は清らかな場所で悟るのであると考えているのです。

 その二は、「ごみを栄養にして美しいハスの花が咲くように、悟りは煩悩があるからこそ悟ることができるのだという意見です。(友松圓諦先生著「法句経を読む」大法輪閣)

 その三は、私の現在の理解です。「ごみのような世界にハスの花が咲いたように、無知な凡夫の世界にブッダが現れて、その弟子たちが悟った。」というものです。悟りの意義と必要性が説かれていると思っています。

 その三について説明しましょう。私たち凡夫は、何から刺激を受けると、快か不快か分からないとい反応を示します。快であれば欲しくなり、欲が出ます。不快であれば嫌という反応になり、怒りが出ます。分からなければ、無知になります。つまり外界を欲か怒りか無知でしか認識できないのです。そのため外界を正しくありのままのに認識できずに、無明、渇愛の状態なのです。この心の状態が、肉体が死んでも輪廻を繰り返すことになるのです。輪廻の苦しみを繰り返しているだけなのでです。これ以外にはないのです。ですから、スマナサーラ長老は、ブッダの発明がなければ、人生に意味はない、目的はない、ただ輪廻を繰り返しているだけだと言われるのです。

 ブッダが意味のない、目的のない人生に、意味と目的を発明しました。発見ではなく、今までになかったもの、どこかに隠れていたものでもないのですから発明です。生命のために輪廻の苦しみから脱出する方法を発明したのです。何かの刺激に対して、欲と怒りと無知以外の対応を発明したのです。それは四聖諦と八正道としてまとめられています。ブッダは人生に意味と目的を与えてくれたのです。以上ですが、皆様もこの詩を読んで、ハスの花のような悟りの意味と必要性を味わってください。

 今回の58番、59番で、ハスの花に譬えられたブッダの弟子の詩で第4花の章は終わります。

○ハスの花ごみの山から咲くようにブッダの弟子は光輝く

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年02月08日 05:12
ワンギーサさん、おはようございます。繁華街に住んでいる私は実際にごみの山をよく見ます。特に、日曜日の朝など。これにより自分の煩悩が顕在化します。まだまだ未熟だと明確になります。花の種を植えようと動機になります。一方で気がつくのは、大通りに示される人目につかないところでの人間の本性です。煩悩まみれの世の中にあって、花を咲かせる仏弟子たち。1から3までの解釈は矛盾なく全てと私には思われます。ある意味悪い環境も悪くないですよ。有難うございました。
2009年02月08日 07:12
 おはようございます。
 願い、欲、怒りです。

「宅急便で、リンゴを送っていいですか。風邪をひかないために、リンゴを食べるといいよ。」と、母に言われます。
「いただきます。」と、言います。
 母の願を叶えたいです。
 今は、リンゴを食べていないので、この機会に、食べようかな、と思います。
 願は叶っていない、と思うのです。
 宅急便を使わなくても、リンゴが必要なら、近くの店で、買えます。
 食べ物は、足りています。
 断ればよかったな。と、思います。

 必要な物だけ、受け取るように、します。
高橋優太
2009年02月08日 08:53
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。今日の詩を聞いて、考えが改まりました。僕は精舎から遠くに住んでいて、引っ越す経済力もないので、素晴らしい智慧のある方々に会えない。だから駄目だなあ、と自分を甘やかしていました。でも、そうではないんですね!今回の詩でその気持ちが吹っ切れました。無駄なことを考えず、慈悲の冥想、ヴィッパサー実践を頑張りたいです。ありがとうございました!生きとし生けるものが幸せでありますように。
高橋優太
2009年02月08日 17:06
ワンギーサ先生、今、「的中する生き方」を買ってきました。初めの方のページを読み、自分が道徳を守っていないのに、他人にはけっこう説教しているな、と思いとても恥ずかしくなりました。「自分が先に実行してから他人に指導する賢者は、批判は受けない」とありましたが、道徳に限らず何事でも(勉強、仕事とか)言えることだと思いました。
とても良い本を紹介していただき、ありがとうございました。
高橋優太
2009年02月08日 17:10
「批判は受けない」ではなく「批判を受けない」の間違いでした。すいません。
身の丈修行者
2015年04月01日 07:23
時間は容赦なく過ぎ、一日が終わります。その中で何を大切にするべきか、気がついているかいないかで雲泥の差となるように思います。
家庭・仕事・・はある程度しっかりするのはやもえません。そしてそれ以外の時間をどうするかは自分次第です。
限られた時間を生かし精進して参りたいです。蓮の花のように成れたら幸いです。

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