人々は死ぬこと恐れるそれゆえに殺してはならぬ殺させてはならぬ

ダンマパダ 129、130

すべての者は暴力におびえる
すべての者は死を恐れる
自分がされたらと思って
殺してはならぬ、殺させてはならぬ (129) 

すべての者は暴力におびえる
すべての者には命は愛しい
自分がされたらと思って
殺してはならぬ、殺させてはならぬ (130)


○この詩から学ぶこと

今回の129番の詩から、145番の詩まで「第10 暴力の章」になります。

 ある学校で生徒が先生に、「なぜ殺してはいけないのですか?」と質問しましたが、先生は答えられなかったということでした。テレビのワイドショーなどでも話題になり、いろいろな評論家がいろいろの答えを出しました。キリスト教は「汝殺すなかれ」と言っても根拠は示されてはいません。そして、昔から言われているから、常識だから程度で、確りした皆が納得できる正解が出てこないまま、なんとなくその話題は立ち消えしていきました。

 しかし、釈尊は2500年以上前に、すべての生命を殺してはいけない、殺させてはいけない根拠をこの二つの詩で明確に述べておられます。

 すべての生命は暴力におびえる。
 すべての生命は死を恐れている。生きていたいと思っている。
 すべての生命は自分の命を愛しいと思っている。殺されたくないと思っている。

 これらのことは、自分のことを考えれば分かることなのです。
 自分は暴力におびえています。
 自分は死を恐れています。生きていたいと思っています。
 自分は自分の命を愛しいと思っています。殺されたくないと思っています。
 ですから、すべての生命を殺してはいけないのです。すべての生命を殺させてはいけないのです。

 他の生命の願いや希望を踏みにじるようなことがあれば、自分の願いや希望は守られないのです。それが宇宙の法則です。逆に他の生命の願いや希望を守れば、自分の願いや希望を守ることを主張でき、その権利があるために守られるのです。

 尚、仏教が殺してはならぬという時は、キリスト教とは違い、人間だけは殺してはならないと言っているのではなく、すべての生命を殺してはならないと言っていることに注意する必要があります。

 129番に関するスマナサーラ長老の法話が日本テーラワーダ仏教協会のホームページにありますから、是非お読み下さい。http://www.j-theravada.net/howa/howa53.html

 「殺さないこと」に関して、昨年8月23日にダンマパダ270番、12月13日に405番のブログに書きましたので、時間のある方は参考にして下さい。
http://76263383.at.webry.info/200808/article_23.html

http://76263383.at.webry.info/200812/article_13.html

○人々は死ぬこと恐れるそれゆえに殺してはならぬ殺させてはならぬ
○人々は命愛しむそれゆえに殺してはならぬ殺させてはならぬ

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

この記事へのコメント

2009年04月01日 05:01
ワンギーサさん、おはようございます。時と場合によっては人殺しはしていいのなら、相手の都合次第で自分が殺されてもいい。ということだと思います。ここ数日自宅に小さな虫が出ましたが、必死て死を避けて生きてます。私も必死で生きてます。「エゴ」は成り立ちません。有難うございました。
2009年04月01日 05:23
 おはようございます。
 自分はお腹が空きます。目の前の人も、お腹が空くだろう。自分は、食べたいです。目の前の人も、食べたいだろう。食べ物を二人で分けます。「どうぞ、食べてくださいね」「量は食べないです。座っていただけなので。」「しゃべると、お腹が空きます」
まお
2009年04月01日 07:51
 ワンギーサ様、新さん、ツヨシさん、おはようございます。
 自分が何であろうとも殺す行為をしたり、殺してもいいと思ったならば、自分も殺されてもいいということになります。自分が殺されたり死んでもいいと思うなら、暴力を肯定し、自分や他の命を愛しんでいないから。誰の死も恐れないので自分や誰かを殺すでしょう。そして悪行為の業によって不幸になります。
 他の生命の願い事を守る人は自分の願い事が他の生命によって守られる、守らない人は守られないというのも上記と似たような論理かなと思います。
 今日も新しい理解が出来てよかったです。慈悲の瞑想に心を込めようと思います。
高橋優太
2009年04月01日 08:31
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。不注意で歩いていて、蟻を踏んでしまいました。殺意はないにしろ、僕が注意をしていたら、蟻は死にませんでした。他の生命に迷惑をかけないためには、常に気づいている必要があると思いました。妄想の原因、悩みの原因、失敗はだいたい感情的になってるとき、気づきがないときに起こるので、やはり常に実況中継しているのが、本当に幸せなのかなあ、と思いました。生命を殺さない、とここに誓願いたします。ありがとうございました。
競馬生活
2009年08月15日 14:05
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身の丈修行者
2015年04月22日 06:31
自分含め生命の気持ちを知り、殺さないように・慈しみで接する事が出来るように、気を着けたいです。
ワンギーサ長老の分かり易い本文・解説の「自分のことを考えれば分かることなのです」心に響きます。
意識して参りたいです。

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