怒らない 忍耐これが 修行です 涅槃は最高 とブッダは言った(184)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。

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○子供のためのダンマパダ

にらめっこしましょう、
笑うと負けよ、あっぷっぷ
怒らないごっこしましょう
怒ると負けよ
怒らない、怒らない


○パーリ語原文と訳語

カンティー  パラマン   タポー  ティティッカー
Khantī    paramaṃ   tapo    titikkhā,
忍耐     最高の    修行   堪忍は

ニッバーナン  パラマン   ワダンティ  ブッダー
nibbānaṃ    paramaṃ   vadanti    buddhā;
涅槃は     最高     説く     諸仏は

ナ   ヒ   パッバジトー  パルーパガーティ
Na   hi    pabbajito    parūpaghātī,
ない  実に  出家者で    他を害する者は

サマノー  ホーティ  パラン  ウィヘータヤントー
samaṇo   hoti     paraṃ   viheṭhayanto.
沙門では (ない)   他を    悩ます者は


○直訳
忍耐・堪忍は最高の修行
涅槃は最高と諸仏は説く
実に他を害する者は出家者でない
他を悩ます者は沙門ではない


○一口メモ
この詩の始めの言葉Khantīについて、スマナサーラ長老の説明が「幸せに生きる~ブッダの智慧から学ぶ~」と言うブログの次のアドレスの記事に紹介されています。ブログ作者のあんさん、ここに引用させていただきます。よろしくお願いします。
http://77713696.at.webry.info/201207/article_6.html

「日本人の間では昔から、苦しいことや辛いことを我慢して
耐え忍ぶことを忍耐と言っているようですが、
仏教ではちょっと意味が違います。
忍耐とは心の平安や平和を意味するんですね。
これは「我慢しろ!」という意味ではなく、
「落ち着いていなさい、平和な心を保ちなさい」ということなのです。」(引用終わり)

この詩の1行目には、titikkhāと言う言葉もあります。パーリ語辞書を引くと、忍耐と意味になっています。私は同じような意味の「堪忍」という言葉で訳して見ました。

Titikkhāには日本人の言う「忍耐」の意味があるかどうか分かりませんが、例えば、怒りが起きてしまった時、怒りはいけないと思って、怒らないように怒りを抑えつけて我慢するという忍耐もあります。実際にはこれはかなり難しいですが、怒りを面にあらわに表して、怒り始めるよりよいことです。

しかし、本当は、Khantīのように、怒りが現れそうな状況の時、怒りが現れないように、落ち着いて、平和な心を保つようにする方がベターです。一番良いことは阿羅漢のように怒りがない心を作ることです。それで、ブッダは「涅槃は最高」と歌われたのでしょう。

「涅槃は最高」は上の場合のみではなく、いつでもどこでも使われる、最高の言葉です。

この詩の幾つか単語について説明します。
Tapoはパーリ語辞書によると、「苦行」と出ています。しかし、仏教は「苦行」はしませんから、修行としました。しかし、単に肉体をいじめるだけの「苦行」はしませんが、修行は甘くないと言うことは心得ておく必要があります。座る瞑想などは慣れないうちは、足が痛くなったり、腰が痛くなったりして、苦しいものです。私も始めは「忍耐は最高の修行」と思いながら頑張りました。

Pabbajitoは出家者、仏教の出家者以外にもこの言葉を使います。
samaṇoは仏教の出家修行者を指すようです。

怒らない 忍耐これが 修行です 涅槃は最高 とブッダは言った(184)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200807/article_2.html
http://76263383.at.webry.info/200905/article_16.html
http://76263383.at.webry.info/201003/article_25.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

あすか
2012年09月02日 07:04
忍耐、苦しいイメージだったのですが
仏教ではおだやかな意味なのですね。
我慢!よりこちらの方がいいです。^^;

出家こそしていませんが
仏道を歩む者の一人として
他に苦を与えないよう努力します。

怖い顔で歯を食いしばってではなく、
微笑んで怒らないごっこ楽しみます。
noritarou
2012年09月02日 10:03
短気な私には耳が痛いです。。
怒れない、怒らない、怒りに気付くときがあります。
でも、簡単に怒ってしまい、怒りに呑み込まれる時があります。それでも怒りには気付いています。
心地よい眠りから出たくないように、美味しい食事を止めたくないように、美しい景色から目を離したくないように、好みの音楽を聞いていたいように、私は、心地よい怒りから離れたくないのです。怒りにあるとき、「どのように」やめるかは成り立ちません。「ただやめる」ことしかありません。人の目を気にしてやめるのではなく、どうして怒ってはいけないのかを深く理解したいと思います。何一つ批判してはいけないと感じます。至らず、申し訳ございません。精進します。
カエルくん
2012年09月02日 20:18
こんばんは。

怒ったら負け、と思って暮らしています。
人にそう言ったら、馬鹿にされましたが、間違ってない、と思って頑張ってます。
ささ
2012年09月02日 21:32
こんばんは。

忍耐とは心の平安を意味する。
「我慢しろ!」ではなく
「落ち着いていなさい。平和な心を保ちなさい。」

心に染み入りました。
日頃から、お釈迦さまに言われているような気持ちで、
心がけたい言葉だなと思いました。
SRKWブッダ
2014年08月15日 23:59
耐え忍ぶことは、最大の修行となる。

耐え忍ぶことによって、二つの勝利を得る。一つは相手に打ち勝ち、もう一つは他ならぬ自分に打ち克つ。

耐え忍ぶことによって、二つの覚知を得る。一つは相手の気持ちを知ることができ、もう一つはそうしなかったならば分からなかっただろう自分の本心を知ることができる。

耐え忍ぶことによって、二つの果報がある。一つは相手を危険から護り、もう一つは、ある人はそれによって直接に解脱が起こる。

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こころざし
2015年12月07日 08:00
私観ですが、怒ると自分のエゴ100%のような状態になり周囲は見えなくなると思います。怒らないと自分も周囲も良く見えて状況が分かり・皆ともに嬉しいような流れになると感じます。
怒らない事や忍耐力をつけれるように努めたいです。