言葉では 語れぬ世界 こころざし 愛欲捨てた 聖者は不還果(218)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

言葉で言えないほど素晴らしいところ
そこに行きたいとは思いませんか
ネハンはそんなところですが
人々はそこに行きたいと思いません
なぜでしょうか


○パーリ語原文と訳語

チャンダジャートー  アナカーテー
Chandajāto      anakkhāte,
意欲が生まれ     語れないものに

マナサー   チャ  プトー   スィヤー
manasā    ca    phuṭo   siyā;
意によって  また  充満して  いる
 
カーメース  チャ  アッパティバッダチットー
Kāmesu    ca   appaṭibaddhacitto,
愛欲に    また  心が束縛されない者は

ウッダンソートーティ  ウッチャティ
uddhaṃsototi      vuccati.
上流にいる者と     呼ばれる


○直訳
語れないものに意欲が生まれ
また意によって充満している
また愛欲に心が束縛されない者は
上流にいる者と呼ばれる


○意訳
言葉で語れない涅槃を志し
心にそれがゆきわたり
愛欲に執着のない人は
不還果の聖者と呼ばれる


○一口メモ
「語れないもの」とは涅槃のことです。しかし、涅槃をただ語れないと言うだけでは、人々が涅槃を目指す気持ちにならないので、ブッダは最高の智慧の言葉で表現できるぎりぎりの所を表現してくれました。それがウダーナの「涅槃に関する四つの経」です。幸いパーリ語輪読会の指導をされている柴田尚武さんが、彼のブログ「パーリ経典」にその日本語訳を最近掲載してくれています。時間のある時じっくりお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/pali/20120918/p1

「語れないものに意欲が生まれ」とは、「言葉で語れない涅槃に達したいという意欲を持ち」と言うことです。

「意によって充満している」とは、「不還道(三番目の悟りの準備でできた人)の智慧で心が満たされている」ということです。

これらの人々は欲界への執着がないので、愛欲に束縛されることのない不還果の人であり、「上流にいる人」と呼ばれます。

ちなみみ、第一番目の悟りに達した人、預流果の人は「流れに入った人」と呼ばれています。この詩は不還果の聖者についての詩ですが、彼らは愛欲という煩悩がなくなっているのです。預流果の聖者はまだその煩悩もまだ残っています。しかし、次のように述べられています。「大陸の 王になるより 全宇宙を 支配するより 預流果が上だ(178)」
http://76263383.at.webry.info/201208/article_27.html

それでも預流果の人も、涅槃に向かう流に入っても、上流に向かうためには川の流れに逆らって上るための精進は必要なのです。

言葉では 語れぬ世界 こころざし 愛欲捨てた 聖者は不還果(218)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200807/article_25.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_9.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_15.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

あすか
2012年10月01日 07:27
なるほどそれで「預流果」なのですね。
まだまだ下流(河口?^^;)ですが、
少しずつでも毎日上ればいつかきっと。
ちょっと気を抜くとすぐ流され
元に戻るどころか、さらに下流へ。
欲や怠けに負けず今日も精進します。
noritarou
2012年10月01日 18:23
五感の刺激、現象界の波にのまれて、本当の世界を見ないでいるのは、幸福ではないと思います。
法とともに、皆様とともに、精進します。
カエルくん
2012年10月01日 20:15
こんばんは。
涅槃、というと途端に訳が分からなくなり、ボーっとなってしまいます。
あまり遥か遠くを見ずに、一歩一歩進もうと思います。
こころざし
2015年12月16日 12:48
預流果の悟りを得られるように目指したいです。ですがでは悟れたか?と疑問等に思うほどそこから遠くなるように思います。とにかく実践して参りたいです。