身体での 怒りを押さえ 身体での 悪行捨てて 善行を為せ(231)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

ぶったり、けったりすることは
身体でする悪いこと
それらはしないように
身体でするよいことは
お年寄りに席を譲ること
友だちと仲良くあそぶこと
まだまだあるからそれらをしてね


○パーリ語原文と訳語

カーヤッパコーパン  ラッケッヤ
Kāyappakopaṃ     rakkheyya,
身体の激怒を     護るように

カーイェーナ  サンウトー   スィヤー
kāyena     saṃvuto     siyā;
身体により   制御されて   あるように

カーヤドゥッチャリタン  ヒトゥワー
Kāyaduccaritaṃ      hitvā,
身体の悪行を       捨てて

カイェーナ  スチャリタン  チャレー
kāyena    sucaritaṃ    care.
身体により  善行を     行うように


○直訳
身体の激怒を護るように
身体により制御されてあるように
身体の悪行を捨てて
身体により善行を行うように


○意訳
身体での怒りを押さえるように
身体の行いを制御するように
身体の悪行をしないように
身体によって善行を行うように


○一口メモ
昨日紹介した「預流果に至る条件」という施本の25ページに「智慧によって心を育てる」ことが書いてあります。その部分は非常な大切なことなので昨日より詳しく再度引用します。

「智慧というのは、真理の目で物事を見ることで、真理とは『無常・苦・無我』です。そこで、このことを勉強したり研究したりして、まず自分で真理を発見しなければなりません。それから、自分の生き方を変えていくのです。いわゆる物事を評価するとき、『無常、苦、無我』という基準で評価し、その基準に基づいて生活するのです。Punnā(智慧)とは『無常・苦・無我が真理である』と知り、理解して、それに基づいて生きることなのです。」

そこでまず、物事は無常であるという観点から、この詩を考えてみましょう。無常は変化すると言うことですが、よく見れば、変化は原因と結果の関係で変化しています。原因はよく見えないのです。しかし、原因があるから変化したのです。結果が現れた時、初めて私たちは変化に気づくことが多いのです。修行で言えば、繰り返し実践することが原因です。一回、二回の実践では結果が見えませんが、数えきれないほど実践すると結果が現れ見えてきます。身体での悪行為をするか、その悪行為を抑えるかは、一度、二度では結果に大きな違いはみられません。しかし、繰り返しの恐ろしは、その繰り返しが積み重なって、結果が現れたとき分かります。いつも、いつも身体による怒りを表す人は、怒りが習慣になって、怒りは日常化し、周りの人々からは嫌われ、そのためストレスがたまり、身体を壊すという結果になります。また怒りが暴発する可能性が多く、最悪の場合は人殺しをするという結果になることがあります。来世があるならばこの人は確実に地獄に行くことになるでしょう。

そうではなくて、いつも身体によう怒りや悪行為を抑えている人はどうでしょうか。怒りを一度や二度抑えても、表面的には大きな変化はみえません。しかし、怒りを一度抑えられた人は、二度目にも怒りを抑えられます。怒りを抑えることが難しくなくなるのです。この人はいつも怒りを抑えていますから、怒っていることがないのです。周りの人々から、あの人は怒らない人だと思われます。人間関係は良くなります。日常生活にストレスはありません。心は穏やかで、心をコントロールする力ができていますから、欲も少なくなります。心の汚れ(煩悩)がどんどんなくなります。この人はすべての煩悩を捨て、悟りに達することになります。

このように、無常という観点から見ると、身体の怒りを抑える人と怒りを抑えない人の違いは天と地の差になって現れるのです。無常ということを理解して、見えない原因の力、恐ろしさを、結果が現れる前に知り、実践することが智慧なのです。

同様にこの詩について、「苦」や「無我」の観点からも考察できますが、明日、明後日と「言葉の怒り」「心の怒り」についての詩が続きますから、そこで解説します。


身体での 怒りを押さえ 身体での 悪行捨てて 善行を為せ(231)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200808/article_2.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_18.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_24.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

2012年10月11日 07:50
おはようございます。
確かに職場でも今までの人生を見ても、「怒りっぽい人」というのは、「病体」の人がまず例外なく多いですね。

中には足が痛くて日常、クッション付きの靴を履かなくては歩けない人がいました。血圧が高くてどうしようもないとか…
上記の方は、年中何かミスがあると怒り、床に書類を叩きつけるなどパフォーマンス満載の方なのですが、ミスが起こった原因を何一つ分析せず、「ではこれからミスが起きない為にどうすべきか?」の示唆も全くない(笑)。

ただ自分の上司が見ていると、部下を叱り付けるポーズを取るだけ(o^∀^o)。

「自分は部下を管理しているんだぞ」と上司に見せるために怒る。

それでは〃歩けなくなるはず〃だと思いました(笑)。

佛法僧に帰依致します。
あすか
2012年10月11日 08:47
今日から各論ですね。
ダンマパダはまとめがあったり、
個別の説明や例えがあったり、
バラエティに富んでいて楽しいです。

まずはわかりやすい身体の行動から。
以前よりかなり制御できるように
なってきているつもりです。
それでもよく観察してみましょう。
怒で、物の扱いがあらっぽくなったり、
振舞いが乱れてはいないでしょうか。
もし予想外の大きな刺激でも、
コントロールできるでしょうか。
油断せずに訓練を続けます。

いきとしいけるものが
今日も幸せでありますように。
noritarou
2012年10月11日 13:00
この言葉にとてもショックを受けました。

>身体の激怒を護るように
「怒り」に対して、我慢する、耐える、抑える、ということばかり考えていました。
死が確実な今において、
「怒りから身を護る」というように、
客観的に「怒り」と「身体」を別に見て、
尊さ、大切さを、まず考えること。
私は、「誰」のために穏やかでいたいのかと考えます。
慈悲と智慧
2012年10月11日 13:05
もくぎょさん、元気そうでなによりです。

新さんも元気であられますように。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
てくてく
2012年10月11日 15:35
すみません・・・。この部分が難しくて分かりません・・・。
「無常ということを理解して、見えない原因の力、恐ろしさを、結果が現れる前に知り、実践することが智慧なのです。」
どう分からないのかも文章に出来ないのですが、分からないまま通り過ぎることができません・・・。
繰り返し繰り返し読みます。
カエルくん
2012年10月11日 19:12
こんばんは。
怒りをモチベーションにして仕事をしていたころ、いつも体調が悪かったし、風邪をひきやすかったです。
いまは年齢を重ねた分だけ、持病ができたりしましたが、気にならないし、風邪もひかなくなりました。そのことだけを考えても、怒りが毒であり、身体に悪いことが分かります。
さらに、愚痴っぽかったので、我ながら最悪の状態でした(-_-;)
怒りも愚痴も、野放しにしておくとどんどんエスカレートして、コントロール不能になります。自分自身で実験済みです。
もう一度あの状態に後退してしまわないように、繰返し繰返し頑張ります。
もくぎよ
2012年10月11日 21:10
>もくぎょさん、元気そうでなによりです。
ありがとうございますぅ。こうして皆さまと仏縁
ができていることを、ありがたく思う今日この頃
。シミジミ・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
怒る原因、怒った結果は?

たまに道ですれ違う、60歳代ぐらいの怒るおば
さまがいて、すれ違いざまに、通行人に向かって
暴○団扱いします。
もくぎょも2回、組員にされたみたいです。
な、何組み?(^^;;

一度スーパーの中でみかけましたら、小さな声で
マナーを守って、まわりの人たちに何事かを呟い
ておりました。謙虚な悪口というものを体験しま
した。

自転車に乗ってペダルをこいでいる時の姿は、
少年のように元気です。
おばさまは、これからも健康で長生きされるので
しょうか?

おばさまが~しあわせ~で~ありますように~♪
ほ、ほんとか(^^;;
こころざし
2015年12月20日 10:46
私事ですが、昨夜子供防寒着を買いに母・子でユニクロに行きました。子供が欲しいサイズがなかったり、見たいコーナーに他のお客がいたり等々から怒りの気持ちが出る自分に愕然としました。観察すると「早く終わらせて帰宅したい」とのエゴがありました。なんて自分本位なんだろうと反省致しました。
毎日の日常の中での怒らない事、実践して参りたいです。