外敵を 守る城壁 そのように 自分を守り 地獄を見るな(315)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
自分を守れとは
心を守ること。
心を守るとは
欲や怒りの感情が起きないように、
自分に注意を向けること。


○パーリ語原文と訳語

ナガラン  ヤター   パッチャンタン
Nagaraṃ   yathā   paccantaṃ,
城壁    ように   辺境の

グッタン   サンタラバーヒラン
guttaṃ    santarabāhiraṃ;
守られた   内外を

エーワン   ゴペータ  アッターナン
Evaṃ     gopetha   attānaṃ,
そのように  守れ    自己を

カノー  ヴェー  マー  ウパッチャガー
khaṇo   ve    mā    upaccagā;
瞬時も   実に   な   虚しくすごす
 
カナーティーター   ヒ    ソーチャンティ
Khaṇātītā       hi     socanti,
瞬時を失った者は   実に    悲しむ


ニラヤンヒ  サマッピター
nirayamhi   samappitā.
地獄に    引き渡され


○直訳
辺境の内外を守られた
城壁ように
そのように自己を守れ 
実に瞬時もむなしく過ごすな
実に瞬時を失った者は
地獄に引き渡されて悲しむ


○意訳
内外を守られた
辺境の街のように
自分の心を守れ
瞬時も見逃すな
見逃した者たちは
地獄に引き渡され悲しむ


○一口メモ
この詩の因縁物語は辺境の地で雨安居を行った比丘についての話です。この比丘は雨安居が終わって、ブッダにあいさつに行きました。ブッダは彼に「無事に過ごせましたか?」と尋ねられました。彼は「始めは問題がありませんでしたが、二か月目に盗賊が街を襲撃しました。それ以後、街の人々は盗賊の防御に為に、比丘の世話をする暇がなく、大変苦労しました。」と答えました。

ブッダはどんな機会も見逃さずに、真理を説かれます。その時、ブッダは盗賊に襲われた街の城壁を例えとして、「内外を守られた辺境の街のように、自分の心を守れ」と述べられました。

心には街の城壁のように門があります。それを守る必要があります。心の門は眼、耳、鼻、舌、身、意の六つです。外から入る盗賊は心の場合は刺激(情報)、色、声、香、味、蝕、法です。門を守って、刺激(情報)に注意する必要があるのです。これらから心に欲、怒り、無智などの煩悩が現れ、私たちを苦しめ、不幸にするからです。

次に門の守りに関して、「瞬時も見逃すな」と述べられています。一瞬でも見逃すと盗賊が、その隙に侵入するおそれがあるからです。心の場合も「瞬時も見逃すな」です。なぜならば、心に対する刺激は絶えずあり、瞬時に煩悩は心に現れるからです。

しかも、「見逃した者たちは地獄に引き渡され悲しむ」とまで言われています。以前にもその罪の大きさは、大きすぎると思いましたが、一瞬のすきにどんな大きな罪を犯すか分からないからです。盗賊が街に侵入すれば、多くの人々の命が奪われてしまうからです。心を守らないということは地獄に行くほどの大きな罪になるのです。

しかし、心を守ることさえできれば、罪を犯すことがなく、心のメカニズムが分かり、智慧が現れ、心を制御することができ、涅槃への道に進むことができるのです。

最後にブッダのこの詩とこれに関する説法を聞いていた比丘たちは阿羅漢果を得たと言うことです。


外敵を 守る城壁 そのように 自分を守り 地獄を見るな(315)



○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
*無想家ですか? 現実家ですか? ~人生の無駄を省く方法~
http://www.j-theravada.net/howa/howa189.html


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*315.内外を守られた辺境の街のように自分を守れ
http://76263383.at.webry.info/201006/article_17.html

*外敵を守る城壁そのように自分を守り地獄を見るな
http://76263383.at.webry.info/200908/article_10.html

* 瞬時のひまなく心を守れ怠けた者は地獄行く
http://76263383.at.webry.info/200810/article_1.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎10月30日雨安居は終了しましたが、ワンギーサがゴータミー精舎に滞在中は
朝5時から7時まで及び夜7時から9時までのゴータミー精舎での自主瞑想会は
毎日行います。ふるって参加して下さい。但し木曜の夜は、瞑想会は休みます。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。

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この記事へのコメント

カエルくん
2012年12月18日 07:41
おはようございます。
心を守るのは難しいです。常にサティを絶やさずにいることなど、不可能に感じてしまいますが、気づいている時間を増やして行く、というふうに考えて頑張ろうと思います。

仏教を学び始めて、考え方が明るくなった気がします。
もくぎょ
2012年12月18日 20:01
先生、みなさま、こんばんは。
メールのお返事有り難うございました。
15日の記事を読んでもくぎょに起きた出来事。
少しオーバーかもしれませんが、
これはほんとうにもくぎょのことだ・・
と思いながら、繰返し読んでいるうちに、
文字の間に自分の顔がイメージされて
浮かび上がってくるように感じ、

そして、

もくぎょは鏡となった文字を通して、
自分の鏡像を見ました。

こんなことがあるのですね。
矢が、的のど真ん中に命中すると、
逆に唖然とすることがあるように、
唖然と過ごすことになったのです。

あ、ぜん、ぜん参考になりません?
あすか
2012年12月19日 19:31
6つの門では24時間、いえ、
せめて起きている間はずっと。
と努力しますがスキをねらって侵入者が。
日々の生活は欲などを生じさせる
刺激がたくさん。門番、がんばります。
SRKWブッダ
2014年07月30日 00:57
~それ以後、街の人々は盗賊の防御に為に、比丘の世話をする暇がなく、大変苦労しました。」と答えました。:

これを聞いた釈尊は、次のように思ったのでしょう。

 この(脳天気な)比丘たちは、事の重要さを理解していない。大変苦労したのは、街の人々なのである。何となれば、辺境の城壁が賊に破られたならば、街の人々は全員皆殺しになる。それが辺境の掟だからである。もちろん、その場合、比丘たちも命はなかっただろう。

城壁は、外の賊を防御するだけでなく、内側の反乱も警戒しなければならない。賊を恐れる者の中には錯乱して門を内側から開き、賊を導き入れてしまう者も現れるからである。もちろん、それではおしまいである。これはすべての門について守り通すべきことである。瞬時も怠るわけにはいかない。もし怠れば、全員皆殺しの憂き目に遭う。門を守る者達には、その重責が課せられている。比丘たちには戦争の機微は理解できないかも知れないが、修行者は悪魔とその軍勢から心を護らなければならぬ。そうでなければ、地獄に落ちてしまうだろう。修行者は、自らの門(眼耳鼻舌身意)を外的にも内的にも護り、修行を完成させなければならないのである。護るのに手加減すれば、全体を失ってしまうだろう。

***
こころざし
2016年01月10日 12:47
色々な事がある中で、その起きたことにとらわれると、感じた事から容易に色々な思考・妄想が発生し、さらにそれに囚われて階段を転げ落ちるような状況になりかねない自分がいます。
感じたことを感じた、で止めれるように常に注意したいです