ダナパーラ 力の強い 白象は 食べ物取らず 母を案ずる(324)
○子供のためのダンマパダ。
・・・
ダナパーラという象がいました。
その象は王様につかりました。
彼は森にいる眼の見えない
お母さんを心配で何も食べられません。
・・・
王様はそのことを知って、
ダナパーラを放してあげました。
彼は森に帰って、
お母さんの世話をしました。
○パーリ語原文と訳語
ダナパーロ ナーマ クンジャロー
Dhanapālo nāma kuñjaro,
ダナパーラ という名の 象は
カトゥカベーダノー ドゥンニワーラヨー
kaṭukabhedano dunnivārayo;
激しい破壊の 禁制しがたい
バッドー カバラン ナ ブンジャティ
Baddho kabaḷaṃ na bhuñjati,
縛られた(象)は 食べ物を ない 食べ
スマラティ ナーガワナッサ クンジャロー
sumarati nāgavanassa kuñjaro.
想う 象の森を 象は
○直訳
ダナパーラという名の象は
激しい破壊の、禁制しがたい
縛られた(象)は食べ物を食べない
象は森の像を想う
○意訳
ダナパーラという名の象は
激しい破壊力があり制し難い
捕まった象は食べ物を食べずに
森に住む母像を心配する
○一口メモ
今回はこの詩について始めに解説した記事を一部修正して再掲します。
この詩はダナパーラという名の象のことを知らなければ意味が分かりません。ダナパーラという象についてはジャータカ物語455 養母象本生物語 (南伝大蔵経 第33巻 337~345ページ)に書かれています。
ダナパーラは大変美しい勇ましい白象でした。この白象は山中の洞窟で盲目の母象の世話をしていました。しかし、自分が助けた悪い人間のために、王の乗り物として捕獲されたのです。ダナパーラがあばれれば、捕獲されずにすみましたが、そうすれば多くの人間を傷つけることになります。またそれは悪業を作ることになるので、おとなしく捕獲されました。王はこの白象を大変気に入り、毎日ご馳走を白象に与えました。しかし、この白象はそれを食べようととはしませんでした。不審に思った王は白象にその理由を聞きました。白象は「盲目の母象が私を待っています。私は母が心配で食べられないのです。」と答えました。慈悲深い王はこの白象を放し、象の森に帰しました。ちなみに、その時の王はアーナンダ尊者であり、母象は王妃マハーマーヤーであり、白象は釈尊、それぞれの過去生であったということです。
これは親孝行についての詩です。ここは仏教の父母に対する考え方を説明しましょう。
1.父母は梵天あると思うべきこと。梵天とは慈悲喜捨の心を持った最高の神です。梵天と同じように、父母は子に対して、どんな時でも慈しみの心でいてくれます。困った時は自分をかえりみず助けてくれます。成功した時は自分のことのように喜んでくれます。いつでも冷静に助言をしてくれます。父母以外はそのような人はいません。
2.父母は教師であると思うべきこと。父母は私たちが生まれてから、何も知らないときから、生きる術をすべて教えてくれました。父母は私たちの教師なのです。
3.父母は、阿羅漢と同じように尊敬すべきであると思うべきこと。上の1、と2、を考えると私たちにとって阿羅漢と同じような人なのです。尊敬すべき人なのです。(南伝大蔵経17巻 214ページ)
「両親に対して子供が為すべきこと」について具体的なことはこのブログの2008年9月12日ダンマパダ292、293の「この詩から学ぶこと」に書きました。
http://76263383.at.webry.info/200809/article_12.html
また、大乗仏教のお坊様ですが、テーラワーダ仏教を実践されている木下全雄師のブログでも「仏教徒は両親に敬意を」で孝行について分かりやすく書かれていますので、参考にされるとよいと思います。(かってにここに引用しますが、よろしくお願いします。)
http://blog.livedoor.jp/happyzenyu/archives/601277.html
ダナパーラ 力の強い 白象は 食べ物取らず 母を案ずる(324)
○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
残念ながらまだ、この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2011年6月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*324.ダナパーラという名の象は母象が住む森を心配する
http://76263383.at.webry.info/201006/article_22.html
*ダナパーラ力の強い白象は食べ物取らず母を案ずる
http://76263383.at.webry.info/200908/article_16.html
* ダナパーラという名の白象は食べ物取らず母思う
http://76263383.at.webry.info/200810/article_7.html
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎10月30日雨安居は終了しましたが、ワンギーサがゴータミー精舎に滞在中は
朝5時から7時まで及び夜7時から9時までのゴータミー精舎での自主瞑想会は
毎日行います。ふるって参加して下さい。但し木曜の夜は、瞑想会は休みます。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。
そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。現在2位す。
・・・
ダナパーラという象がいました。
その象は王様につかりました。
彼は森にいる眼の見えない
お母さんを心配で何も食べられません。
・・・
王様はそのことを知って、
ダナパーラを放してあげました。
彼は森に帰って、
お母さんの世話をしました。
○パーリ語原文と訳語
ダナパーロ ナーマ クンジャロー
Dhanapālo nāma kuñjaro,
ダナパーラ という名の 象は
カトゥカベーダノー ドゥンニワーラヨー
kaṭukabhedano dunnivārayo;
激しい破壊の 禁制しがたい
バッドー カバラン ナ ブンジャティ
Baddho kabaḷaṃ na bhuñjati,
縛られた(象)は 食べ物を ない 食べ
スマラティ ナーガワナッサ クンジャロー
sumarati nāgavanassa kuñjaro.
想う 象の森を 象は
○直訳
ダナパーラという名の象は
激しい破壊の、禁制しがたい
縛られた(象)は食べ物を食べない
象は森の像を想う
○意訳
ダナパーラという名の象は
激しい破壊力があり制し難い
捕まった象は食べ物を食べずに
森に住む母像を心配する
○一口メモ
今回はこの詩について始めに解説した記事を一部修正して再掲します。
この詩はダナパーラという名の象のことを知らなければ意味が分かりません。ダナパーラという象についてはジャータカ物語455 養母象本生物語 (南伝大蔵経 第33巻 337~345ページ)に書かれています。
ダナパーラは大変美しい勇ましい白象でした。この白象は山中の洞窟で盲目の母象の世話をしていました。しかし、自分が助けた悪い人間のために、王の乗り物として捕獲されたのです。ダナパーラがあばれれば、捕獲されずにすみましたが、そうすれば多くの人間を傷つけることになります。またそれは悪業を作ることになるので、おとなしく捕獲されました。王はこの白象を大変気に入り、毎日ご馳走を白象に与えました。しかし、この白象はそれを食べようととはしませんでした。不審に思った王は白象にその理由を聞きました。白象は「盲目の母象が私を待っています。私は母が心配で食べられないのです。」と答えました。慈悲深い王はこの白象を放し、象の森に帰しました。ちなみに、その時の王はアーナンダ尊者であり、母象は王妃マハーマーヤーであり、白象は釈尊、それぞれの過去生であったということです。
これは親孝行についての詩です。ここは仏教の父母に対する考え方を説明しましょう。
1.父母は梵天あると思うべきこと。梵天とは慈悲喜捨の心を持った最高の神です。梵天と同じように、父母は子に対して、どんな時でも慈しみの心でいてくれます。困った時は自分をかえりみず助けてくれます。成功した時は自分のことのように喜んでくれます。いつでも冷静に助言をしてくれます。父母以外はそのような人はいません。
2.父母は教師であると思うべきこと。父母は私たちが生まれてから、何も知らないときから、生きる術をすべて教えてくれました。父母は私たちの教師なのです。
3.父母は、阿羅漢と同じように尊敬すべきであると思うべきこと。上の1、と2、を考えると私たちにとって阿羅漢と同じような人なのです。尊敬すべき人なのです。(南伝大蔵経17巻 214ページ)
「両親に対して子供が為すべきこと」について具体的なことはこのブログの2008年9月12日ダンマパダ292、293の「この詩から学ぶこと」に書きました。
http://76263383.at.webry.info/200809/article_12.html
また、大乗仏教のお坊様ですが、テーラワーダ仏教を実践されている木下全雄師のブログでも「仏教徒は両親に敬意を」で孝行について分かりやすく書かれていますので、参考にされるとよいと思います。(かってにここに引用しますが、よろしくお願いします。)
http://blog.livedoor.jp/happyzenyu/archives/601277.html
ダナパーラ 力の強い 白象は 食べ物取らず 母を案ずる(324)
○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
残念ながらまだ、この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2011年6月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*324.ダナパーラという名の象は母象が住む森を心配する
http://76263383.at.webry.info/201006/article_22.html
*ダナパーラ力の強い白象は食べ物取らず母を案ずる
http://76263383.at.webry.info/200908/article_16.html
* ダナパーラという名の白象は食べ物取らず母思う
http://76263383.at.webry.info/200810/article_7.html
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎10月30日雨安居は終了しましたが、ワンギーサがゴータミー精舎に滞在中は
朝5時から7時まで及び夜7時から9時までのゴータミー精舎での自主瞑想会は
毎日行います。ふるって参加して下さい。但し木曜の夜は、瞑想会は休みます。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。
そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。現在2位す。