草の根を 掘り起こして 枯らすように 渇愛抜いて 幸福であれ(337)
○子供のためのダンマパダ。
・・・
皆さんが幸せになるように
皆さんに教えます。
ちょっと見ただけで、
ほしい、ほしいと思わぬように。
持っているもので満足するように。
心の強い、かしい子になり、
幸せになりますように。
○パーリ語原文と訳語
タン ヴォー ワダーミ バッダン ヴォー
Taṃ vo vadāmi bhaddaṃ vo,
人々に 汝らに 説く 幸福であれ 汝らよ
ヤーワンテッタ サマーガター
yāvantettha samāgatā;
ここだけに 集まった人々
タンハーヤ ムーラン カナタ
Taṇhāya mūlaṃ khaṇatha,
渇愛の 根を 掘り起こせ
ウスィーラットーワ ビーラナン
usīratthova bīraṇaṃ;
根のように ビーラナ草の
マー ヴォー ナランワ ソートーワ
Mā vo naḷaṃva sotova,
なかれ 汝らよ 葦の 流され ように
マーロー バンジ プナップナン
māro bhañji punappunaṃ.
悪魔が 破壊する 何度も
○直訳
ここだけに集まった人々、人々に
汝らよ、幸福であれと汝らに説く
渇愛の根を掘り起こせ
ビーラナ草の根のように
汝らよ、葦のように流されるなかれ
悪魔が何度も汝らを破壊する(なかれ)
○意訳
我はここに集まった汝らに説く
汝らよ、幸福であれ
ビーラナ草の根のように
渇愛の根を掘り起こせ
汝らよ、アシが流されるように
繰り返し悪魔に破壊されるな
○一口メモ
この詩はブッダの祝福の言葉です。正月にふさわしい詩ですね。
ブッダが「汝らよ、幸福であれ」と言う言葉ではじまります。
ブッダの言葉は真理ですから、その通りになるのです。
幸福であれと言われれば、幸福になるのです。
これは信仰ではないのです。
なぜならば、その根拠が示されているからです。
「渇愛の根を掘り起こせ」と述べられているからです。
渇愛の根を掘り起こせば、幸せになるからです。
これについては少し説明しなければなりません。
渇愛が不幸を作りだしていることは既に説明しました。
不幸の原因である渇愛を掘り起こせとは原因を取り除けということです。
渇愛の根とは渇愛を丸ごとすべてということです。
不幸の原因を丸ごとすべて掘り起こせば、幸福になるのです。
その様子を「ビーラナ草の根のように」と表現されています。
ビーラナ草の根はウシーラと言われる香根なのです。よい香りがするのでしょう。薬としても使われているようです。このようなものですから、ビーラナ草の根は丸ごと残らず掘り起こされるのです。そのように渇愛すべてを丸ごと掘り起こしない、そうすれば幸福になりますよとブッダと教えて、私たちを祝福されているのです。
そして最後に、輪廻の世界、欲界を支配する悪魔(煩悩)に負けるなと述べておられます。煩悩は激流にも例えられますから、岸辺に生えるアシのように激流に打ち壊されることがないように注意されておられるのです。
草の根を 掘り起こして 枯らすように 渇愛抜いて 幸福であれ(337)
○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2011年12月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*334~337.気づきのない行いをする人にはつる草のような渇愛が増える
http://76263383.at.webry.info/201006/article_28.html
*337.草の根を掘り起こして枯らすように渇愛抜いて幸福であれ
http://76263383.at.webry.info/200908/article_24.html
*337.草の根を掘り起こして枯らすように渇愛抜いて幸福であれ
http://76263383.at.webry.info/200810/article_15.html
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎1月2日及び1月3日の朝晩の自主瞑想会は通常通り行いますが、
朝8時から夕方6時までゴータミー精舎は閉門しておりますので、
御注意をお願い致します。
◎年末年始も、ゴータミー精舎での自主瞑想会は常通り行います。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。
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皆さんに教えます。
ちょっと見ただけで、
ほしい、ほしいと思わぬように。
持っているもので満足するように。
心の強い、かしい子になり、
幸せになりますように。
○パーリ語原文と訳語
タン ヴォー ワダーミ バッダン ヴォー
Taṃ vo vadāmi bhaddaṃ vo,
人々に 汝らに 説く 幸福であれ 汝らよ
ヤーワンテッタ サマーガター
yāvantettha samāgatā;
ここだけに 集まった人々
タンハーヤ ムーラン カナタ
Taṇhāya mūlaṃ khaṇatha,
渇愛の 根を 掘り起こせ
ウスィーラットーワ ビーラナン
usīratthova bīraṇaṃ;
根のように ビーラナ草の
マー ヴォー ナランワ ソートーワ
Mā vo naḷaṃva sotova,
なかれ 汝らよ 葦の 流され ように
マーロー バンジ プナップナン
māro bhañji punappunaṃ.
悪魔が 破壊する 何度も
○直訳
ここだけに集まった人々、人々に
汝らよ、幸福であれと汝らに説く
渇愛の根を掘り起こせ
ビーラナ草の根のように
汝らよ、葦のように流されるなかれ
悪魔が何度も汝らを破壊する(なかれ)
○意訳
我はここに集まった汝らに説く
汝らよ、幸福であれ
ビーラナ草の根のように
渇愛の根を掘り起こせ
汝らよ、アシが流されるように
繰り返し悪魔に破壊されるな
○一口メモ
この詩はブッダの祝福の言葉です。正月にふさわしい詩ですね。
ブッダが「汝らよ、幸福であれ」と言う言葉ではじまります。
ブッダの言葉は真理ですから、その通りになるのです。
幸福であれと言われれば、幸福になるのです。
これは信仰ではないのです。
なぜならば、その根拠が示されているからです。
「渇愛の根を掘り起こせ」と述べられているからです。
渇愛の根を掘り起こせば、幸せになるからです。
これについては少し説明しなければなりません。
渇愛が不幸を作りだしていることは既に説明しました。
不幸の原因である渇愛を掘り起こせとは原因を取り除けということです。
渇愛の根とは渇愛を丸ごとすべてということです。
不幸の原因を丸ごとすべて掘り起こせば、幸福になるのです。
その様子を「ビーラナ草の根のように」と表現されています。
ビーラナ草の根はウシーラと言われる香根なのです。よい香りがするのでしょう。薬としても使われているようです。このようなものですから、ビーラナ草の根は丸ごと残らず掘り起こされるのです。そのように渇愛すべてを丸ごと掘り起こしない、そうすれば幸福になりますよとブッダと教えて、私たちを祝福されているのです。
そして最後に、輪廻の世界、欲界を支配する悪魔(煩悩)に負けるなと述べておられます。煩悩は激流にも例えられますから、岸辺に生えるアシのように激流に打ち壊されることがないように注意されておられるのです。
草の根を 掘り起こして 枯らすように 渇愛抜いて 幸福であれ(337)
○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2011年12月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*334~337.気づきのない行いをする人にはつる草のような渇愛が増える
http://76263383.at.webry.info/201006/article_28.html
*337.草の根を掘り起こして枯らすように渇愛抜いて幸福であれ
http://76263383.at.webry.info/200908/article_24.html
*337.草の根を掘り起こして枯らすように渇愛抜いて幸福であれ
http://76263383.at.webry.info/200810/article_15.html
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎1月2日及び1月3日の朝晩の自主瞑想会は通常通り行いますが、
朝8時から夕方6時までゴータミー精舎は閉門しておりますので、
御注意をお願い致します。
◎年末年始も、ゴータミー精舎での自主瞑想会は常通り行います。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
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この記事へのコメント
ブッダの祝福の言葉。読んだだけでも力が湧いてきます ^ ^
仏教を学び続けるうちに、何かが起きた時、その原因を考える癖がついてきたように思います。
激流に負けないように、いつかその巨大な根を掘り起こす事ができるように、今年も一歩一歩歩んで行けるよう努めたいと思います。
ワンギーサ先生、皆さまと共に学べる機会に恵まれたことに感謝いたします。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
祝福の言葉を聞くと元気が出ます。
ありがたいです。
物欲だけでなく、自分の思うように現状が変わって欲しいと思うのも渇愛だろうか…と思いながら今日の詩を読みました。
現状は現状のまま受け入れて、自分の問題に向き合いながら精進します(*^^*)
どこに根が残っていたのか
すぐまた生えてきます。
渇愛もすぐに根絶やしは難しいですが
マメに根から抜くようにします。
渇愛に流され飲まれそうになったら
Taṃ vo vadāmi bhaddaṃ vo
この言葉を思い出してがんばります。
根を取るには土を掘り起こさなくてはなりません。それは草が強固に生えている程大変な作業になります。
渇愛を減らし、そして根のレベルでなくせるように精進したいです。
https://noritsu.seesaa.net/article/201301article_2.html