人々は 愛に流され 依存する 快を求めて 再度生まれる(341)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
兄ちゃんはかわいい女に
夢中になって、
姉ちゃんは恰好いい男に
憧れる。
だけど、勉強しないで
母ちゃんに怒られる。


○パーリ語原文と訳語

サリターニ  スィネーヒターニ  チャ
Saritāni    sinehitāni      ca,
流れ     愛欲        そして

ソーマナッサーニ  バワンティ  ジャントゥノー
somanassāni     bhavanti   jantuno;
喜悦が       存在する   人間には

テー   サータスィター  スケースィノー
Te     sātasitā      sukhesino,
彼らは  快に依存し    楽を求める者

テー   ヴェー  ジャーティジャルーパガー  ナラー
te     ve    jātijarūpagā         narā.
彼らは  実に   生老(輪廻)に近づく    人


○直訳
人間には流れ、愛欲そして
喜悦が存在する
彼らは快に依存し、楽を求める者
彼らは実に生死(輪廻)に近づく人々


○意訳
人々は愛欲に流され
快楽への愛着がある
彼らは快に依存し、楽を求める
こうして生老の輪廻を繰り返す


○一口メモ
男が女に恋をする。女が男に恋をする。これは渇愛の結果ですね。ブッダはこれをあまり肯定していません。むしろ、否定的です。ですから、仏教は世間ではけむたがられます。そんな仏教には関わりたくないと思ってしまいます。世間から嫌がられても、真理は真理です。渇愛が苦しみの原因なのです。

また苦しみの連鎖である輪廻もこの渇愛のエネルギーが引き起こしているのです。ブッダはこの苦しみの連鎖を断ち切るために。渇愛を捨てるように教えておられるのです。この事実が本当に理解できれば、渇愛を捨てることはそれほど難しいことではないのです。しかし、理解することは難しいとは言えます。この理解が智慧というものです。

ダンマパダでは既に次のような詩を学びました。しかし、受け入れがたいものだったと思います。再度、これらの詩を読み直して、復習してみましょう。これらはすべて、渇愛から苦しみ、憂い、恐れが生まれることを示しています。

好きな人々にも嫌いな人々にも、どんな時でも会うなかれ
好きな人に会わないのは苦しい、嫌いな人に会うのは苦しい(210)

それ故に好きな人を作るなかれ、好きな人との別れは苦しい
好き嫌いのない人には、そのような苦しみはない(211)

愛から憂いが生まれ、愛から恐れが生まれる
愛から離れた人には憂いがない、どうして恐れがあろうか(212)

愛着から憂いが生まれ、愛着から恐れが生まれる
愛着から離れた人には憂いがない、どうして恐れがあろうか(213)

快楽から憂いが生まれ、快楽から恐れが生まれる
快楽から離れた人には憂いがない、どうして恐れがあろうか(214)

性欲から憂いが生まれ、性欲から恐れが生まれる
性欲から離れた人には憂いがない、どうして恐れがあろうか(215)

渇愛から憂いが生まれ、渇愛から恐れが生まれる
渇愛から離れた人には憂いがない、どうして恐れがあろうか(216)


人々は 愛に流され 依存する 快を求めて 再度生まれる(341)


○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2012年4月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*338~343.渇愛に捕まった人々はわなにかかったの兎ように震えてる
http://76263383.at.webry.info/201006/article_29.html

339~341.渇愛は三十六の流れなりその貪欲は彼を押し流す
http://76263383.at.webry.info/200908/article_26.html

339~341.渇愛は三十六の流れなり欲に基づく見解運ぶ
http://76263383.at.webry.info/200810/article_17.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

カエルくん
2013年01月06日 07:13
おはようございます。
好きな人とうまくいかなかったとき、愛情と憎しみは表裏一体なのだな、と学んだ気がします。嫉妬とかも…。恋愛には苦しい感情がセットでついてきますね。
そもそもお釈迦様は恋愛の楽しい部分、浮かれた気持ちや快楽も良いことではない、とおっしゃっておられるのですね。
若い頃に読んだら当惑したろうなあ、と思いながら読みました。
いまは、愛情ではなく慈悲の心を大切にしなさい、ということなのだな、とすんなり受け入れられます。
あすか
2013年01月06日 10:26
渇愛による求める恋ではなく、
慈悲による思いやりの愛を。^^

こころざし
2016年01月16日 20:22
私事ですが、若い頃に性欲を満たす事にエネルギーを使う男性と、地位や収入のある男性の妻になりたい女性で駆け引き?が日常的にあったように思います。当時職場(病院)の裏ではドラマの様な・・もありました。すべては性的な欲から発生しているように思います。
そのような欲は、きっぱり捨てたいと思います。そして輪廻をもうしないように、修行をしたいです。