みずからを 激励点検する 比丘は 自分の守護者 有念者なり(379)及び(380)
○子供のためのダンマパダ。
・・・
起きるのも自分、
食べるのも自分、
遊ぶのも自分、
だれもかわれない。
・・・
弱い自分か、強い自分か、
いじわるな自分か、やさしい自分か、
おろかな自分か、かしこい自分か、
どんな自分がいいのかな。
○パーリ語原文と訳語
アッタナー チョーダワッターナン
Attanā codayattānaṃ,
自分から 励ませ 自分を
パティマンセーター アッタナー
paṭimaṃsetha attanā;
省察せよ 自分を
ソー アッタグットー サティマー
So attagutto satimā,
彼は 自己守護者 有念者
スカン ビック ウィハーヒスィ
sukhaṃ bhikkhu vihāhisi.
幸福に 比丘は 生きるだろう(379)
アッター ヒ アッタノー ナートー
Attā hi attano nātho,
自分は 実に 自分の 守護者
アッター ヒ アッタノー ガティ
Attā hi attano gati;
自分は 実に 自分の 帰る所
タスマー サンヤママッターナン
Tasmā saṃyamamattānaṃ,
それ故 制御せよ 自分を
アッサン バドゥランワ ワーニジョー
assaṃ bhadraṃva vāṇijo.
馬を 賢い ように 商人が(380)
○直訳
自分から自分を励ませ
自分を省察せよ
彼は自己守護者、有念者
幸福に比丘は生きるだろう(379)
実に自分は自分の守護者
実に自分は自分の帰る所
それ故自分を制御せよ
商人が賢い馬を(調教する)ように(380)
○意訳
自分で自分を励ませ
自分で自分を点検せよ
自己守護者であり、有念者である比丘は
幸福に暮らすだろう(379)
自分こそ自分の主人である
自分こそ自分の帰所である
それ故に、商人が駿馬にするように
自分自身を調教せよ(380)
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年11月
*みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者
http://76263383.at.webry.info/200811/article_16.html
2009年9月
*みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者
http://76263383.at.webry.info/200909/article_22.html
○一口メモ
この2つの因縁物語は次の通りです。一人の貧しい日雇い人夫がボロ布を着てクワを担いでいるのを見て、ある比丘が「そのような生活をするより、出家した方がよいではないか」と出家をすすめました。比丘は彼を僧院の境界にある木の枝にボロ布とクワを置かせました。比丘になった日雇い人夫は「このように信者から布施された袈裟をまとうことはできない。」と出家生活に不満を持ちました。彼はボロ布とクワを置いた木の所に行き、「恥知らずよ。お前はこれをまとい、還俗し、賃金を得たいのか。」と自ら戒め、心を静めました。それ以後、彼は不満が生じると、仲間に「師のもとへ行きます。」とそこに行き、戒め、心を静めました。やがて阿羅漢果を得ました。その時から彼は、その木の所に行かなくなったので、彼になぜ行かなくなったかとからかいながら聞きました。彼は不満がなくなったので、行く必要がなくなったのです。」と答えました。しかし、仲間の比丘たちは嘘だと思い、ブッダにそのことを申しあげました。すると、ブッダは彼の言う通りであると、上の2つについて説かれたということです。すなわち、「自分で自分を励ませ。自分で自分を点検せよ。自己守護者であり、有念者である比丘は幸福に暮らすだろう。(379)自分こそ自分の主人である。自分こそ自分の帰所である。それ故に、商人が駿馬にするように、自分自身を調教せよ。(380)」この説法の終わりに多くの比丘が預流果になったということです。
今回の二つと同じような趣旨のすでに学びました。
己こそ 己の先生 苦労した 己は得難い 己の先生
http://76263383.at.webry.info/201208/article_9.html
釈迦牟尼は 八正道の 教示のみ 実践するのは 仏弟子たちだ(276)
http://76263383.at.webry.info/201211/article_10.html
みずからを 激励点検する 比丘は 自分の守護者 有念者なり(379)
自分こそ 自分の主人 自分の帰所 駿馬のように 自己を鍛えよ(380)
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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起きるのも自分、
食べるのも自分、
遊ぶのも自分、
だれもかわれない。
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いじわるな自分か、やさしい自分か、
おろかな自分か、かしこい自分か、
どんな自分がいいのかな。
○パーリ語原文と訳語
アッタナー チョーダワッターナン
Attanā codayattānaṃ,
自分から 励ませ 自分を
パティマンセーター アッタナー
paṭimaṃsetha attanā;
省察せよ 自分を
ソー アッタグットー サティマー
So attagutto satimā,
彼は 自己守護者 有念者
スカン ビック ウィハーヒスィ
sukhaṃ bhikkhu vihāhisi.
幸福に 比丘は 生きるだろう(379)
アッター ヒ アッタノー ナートー
Attā hi attano nātho,
自分は 実に 自分の 守護者
アッター ヒ アッタノー ガティ
Attā hi attano gati;
自分は 実に 自分の 帰る所
タスマー サンヤママッターナン
Tasmā saṃyamamattānaṃ,
それ故 制御せよ 自分を
アッサン バドゥランワ ワーニジョー
assaṃ bhadraṃva vāṇijo.
馬を 賢い ように 商人が(380)
○直訳
自分から自分を励ませ
自分を省察せよ
彼は自己守護者、有念者
幸福に比丘は生きるだろう(379)
実に自分は自分の守護者
実に自分は自分の帰る所
それ故自分を制御せよ
商人が賢い馬を(調教する)ように(380)
○意訳
自分で自分を励ませ
自分で自分を点検せよ
自己守護者であり、有念者である比丘は
幸福に暮らすだろう(379)
自分こそ自分の主人である
自分こそ自分の帰所である
それ故に、商人が駿馬にするように
自分自身を調教せよ(380)
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年11月
*みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者
http://76263383.at.webry.info/200811/article_16.html
2009年9月
*みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者
http://76263383.at.webry.info/200909/article_22.html
○一口メモ
この2つの因縁物語は次の通りです。一人の貧しい日雇い人夫がボロ布を着てクワを担いでいるのを見て、ある比丘が「そのような生活をするより、出家した方がよいではないか」と出家をすすめました。比丘は彼を僧院の境界にある木の枝にボロ布とクワを置かせました。比丘になった日雇い人夫は「このように信者から布施された袈裟をまとうことはできない。」と出家生活に不満を持ちました。彼はボロ布とクワを置いた木の所に行き、「恥知らずよ。お前はこれをまとい、還俗し、賃金を得たいのか。」と自ら戒め、心を静めました。それ以後、彼は不満が生じると、仲間に「師のもとへ行きます。」とそこに行き、戒め、心を静めました。やがて阿羅漢果を得ました。その時から彼は、その木の所に行かなくなったので、彼になぜ行かなくなったかとからかいながら聞きました。彼は不満がなくなったので、行く必要がなくなったのです。」と答えました。しかし、仲間の比丘たちは嘘だと思い、ブッダにそのことを申しあげました。すると、ブッダは彼の言う通りであると、上の2つについて説かれたということです。すなわち、「自分で自分を励ませ。自分で自分を点検せよ。自己守護者であり、有念者である比丘は幸福に暮らすだろう。(379)自分こそ自分の主人である。自分こそ自分の帰所である。それ故に、商人が駿馬にするように、自分自身を調教せよ。(380)」この説法の終わりに多くの比丘が預流果になったということです。
今回の二つと同じような趣旨のすでに学びました。
己こそ 己の先生 苦労した 己は得難い 己の先生
http://76263383.at.webry.info/201208/article_9.html
釈迦牟尼は 八正道の 教示のみ 実践するのは 仏弟子たちだ(276)
http://76263383.at.webry.info/201211/article_10.html
みずからを 激励点検する 比丘は 自分の守護者 有念者なり(379)
自分こそ 自分の主人 自分の帰所 駿馬のように 自己を鍛えよ(380)
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
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