竹の根は もつれているが 筍(タケノコ)は からまぬように 一人で歩く<38>

○少年少女のためのスッタニパータ38
・・・
妻や子にまとわりつく人は
竹の根がからまるようだ。
タケノコは竹藪(ヤブ)の中から抜け出して
空に向かってすくすく伸びる



38.第1 蛇の章 3.犀の角経 4

○毎田周一先生訳
拡がる竹(の根)がからまるやうに
ひとは妻子に愛著する
筍(タケノコ)が何にもとりつかぬのをみて
犀の角のやうにただ一人歩いてゆかう


○中村元先生訳
子や妻に対する愛著は、
たしかに枝の広く茂った竹が互いに相絡むようなものである。
筍が他のものにまつわりつくことのないように、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳
子たちや妻たちにたいする期待〔の思い〕は、
まさしく、〔枝や根が〕広く絡[から]みついた竹〔林〕のようなもの。
〔まとわりつくものが何もない〕筍[たけのこ]のように執着なき者は、
犀の角のように、独り、歩むもの。


○パーリ語原文
ワンソー   ウィサーローワ   ヤター  ウィサットー
Vaṃso       visālova          yathā    visatto,
竹          広く            ように    もつれた

プッテース   ダーレース   チャ   ヤー   アペッカー
puttesu     dāresu      ca    yā     apekkhā;
子        妻において   と    者は   愛情(ある)
ワンサッカリーローワ   サッジャマーノー
Vaṃsakkaḷīrova       asajjamāno,
筍が   ように       もつれない

エーコー   チャレー   カッガウィサーナカッポー
eko      care      khaggavisāṇakappo.
一人   行く    犀の角のように


○一口メモ
中村先生のこの訳を始めに読んだ時は、竹と筍(タケノコ)の対比がよく理解できませんでした。しかし、竹の根を補ってみるとよく分かります。竹の根は複雑にからみあっています。それに対して、筍は何にもからまずに、スクスクと伸びています。

子供や妻に愛情を持つと、それにともなって、まさに竹の根のようにいろいろな感情がからまって、この愛情ゆえの愛憎も現れるのです。これが悩み苦しみなのです。親子関係や夫婦の関係もだんだん単純ではなくなります。また、この関係に対する執着も根強いのです。

この偈と同じ趣旨の詩がダンマパダにあります。345番と346番です。345番の句は今回の偈の3行目とまったく同じです。「子と妻に愛情のある」という句です。
345 鉄製や 木や麻のかせ 強くない 財産子供 妻が強いかせ
346 賢者らは 固くはないが 強いかせ 執着捨てて 諸国をめぐる
345、346 http://76263383.at.webry.info/201301/article_9.html

しかし、筍はどうでしょうか? 筍は竹藪の中で、からみついた竹の根から、抜け出して回りの竹藪の竹にからまずにスクスク伸びるのです。親子のしがらみから抜け出して、一路真理を目指して旅立つ修行者をイメージさせます。そのイメージを良しとする者は、犀の角のように一人歩くのです。


竹の根は もつれているが 筍(タケノコ)が からまぬように 一人で歩く<38>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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お釈迦様の祝祭日を皆でお祝いしましょう!!!

ウェーサーカ祭


関東方面
2013年5月12日(日)
午前ゴータミー精舎で食事のお布施
午後 渋谷区立文化総合センター大和田さくらホール。入場無料。予約不要。
詳細:http://extech.xsrv.jp/wesak2013/


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この記事へのコメント

みき
2013年05月08日 10:29
おはようございます。
妻や子どもが強いあしかせになる。という文章の意味は夫なる人が妻子に執着すると足かせになるという意味だと思います。
妻の側からも同じことでしょう。私には彼女がいますが、今の時点で既に心は振り回されているようです。彼女と別れてサイのつののように一人歩むか、自分が成長するか、新しい出会いをもとめるかですね。いずれにせよ、自分がしっかりしなくてはいけませんね。
櫻井由紀
2013年05月08日 11:54
私の住んでいる所は自然が豊かで
近所を散歩すると竹薮が結構あります。
風の強い日などは、笹の葉がサラサラ
竹どうしがぶつかり合いカコーン カコーン
と初夏を思わせる爽やかな音に包まれます。
うちの裏にも笹が沢山生えていて
さっきそれをちょっと引っ張り
抜いてみようとしましたが
根っこが複雑に絡み合い
しっかりと、がっちりと
お互い放すもんかと
雁字搦めで、ちょっとやそっとの力では
びくともしませんでした。

どんな環境にいても
そこが地獄になるか天界になるか
己次第ですから
私も筍の様に育って行ける様に
頑張ります。





静まり
2013年05月08日 18:20
「一人で歩く」といっても孤立ではなく、一人なら一人で気楽でいいし、相手がいるときは仲良く楽しく、

アラナ(安寧・争いがない・人と対立しない)で執着がない生き方がいいですね。

今どのように執着し絡まっているのか、どういう時に執着が生じ絡まってしまうのか、観察してみます。
ワンギーサ
2013年05月08日 18:46
東海のサジさん、こんばんは。

私に直接メールして頂けるとありがたいです。
そうすれば、返事が書けます。
私のメールアドレスはブログのトップページにあります。
宜しくお願いいたします。
カエルくん
2013年05月08日 19:30
こんばんは。
子どもの頃よく、大きな地震が来たら竹藪に逃げなさい、と言われていました。竹の根はしっかりとはっているので、地割れの心配がないから、というのがその理由でした。
それだけ、強力な縛りであるということですよね。
親しい人との間で、情やしがらみにしばられています。
なるべく独りの時間を作ろうと、奮闘中です。
こころざし
2016年02月26日 07:03
竹のように根があると、からみついて離れないと思います。
その根を断つ事が出来ればからみつく度合いは減り、そして抜け出せると思います。
絡みつく根を無くし、そして絡む事を望まない様な状態になれるよう精進したいです。