金があり 食料もたくさん あるけれど 分けない人は 没落必定<102>及び<101>

○少年少女のためのスッタニパータ101.と102.
・・・
美味しいごはんが
たくさんあっても
足りない人に分けないで
一人で食べる人は
みじめで卑しいね。


101.と102.第1 蛇の章 6.没落経 11.と12.

○毎田周一先生訳
第五の没落者は
迎言る通りなのはよく解りました
では世尊よ 第六の没落の始まりはどこにあるのでせうか
それをお示しください<101(11)>

大きな富と黄金とをもつ人が
自分一人で美味しいものを食べてゐるなら
そこに没落の始まりがある


○中村元先生訳
101
「よくわかりました。おっしゃるとうりです。
これが第五の破滅です。
先生! 第六のものを説いてください。
破滅の門は何ですか?」

102
「おびただしい富あり、
黄金あり、食物ある人が、
ひとりおいしいものを食べるならば、
これは破滅への門である。」


○正田大観先生訳
101.
〔天神が尋ねた〕「かくのごとく、まさに、このことを識知します。
彼は、第五の滅びの者です。
世尊よ、第六の者のことを、説いてください。
何が、滅びつつある者の入り口ですか」〔と〕。(11)

102.
〔世尊は答えた〕「多大なる富ある人が、
金を有し食を有する者が、
諸々の美味なるものを独りで食べる
――それが、滅びつつあるの者の入り口です」〔と〕。(12)


○パーリ語原文
101.
イティ      ヘータン    ウィジャーナーマ
‘‘Iti       hetaṃ      vijānāma,
そのように  実にそれを   識別する

パンチャモー    ソー    パラーバヴォー
Pañcamo      so      parābhavo;
第五の       彼は     没落する人


チャッタマン     バガワー    ブルーヒ
Chaṭṭhamaṃ    bhagavā     brūhi,
第六の者を     世尊よ     説いて

キン    パラーバワトー       ムカン
kiṃ     parābhavato        mukhaṃ’’.
何が    没落しつつある人の   入口

102.
パフータウィットー    プリソー
‘‘Pahūtavitto        puriso,

多くの財産のある     人

サヒランニョー    サボージャノー
sahirañño       sabhojano;
黄金を有する人   食料を有する人

エーコー    ブンジャティ    サードゥーニ
Eko        bhuñjati      sādūni,
一人で     食べる        美味しいものを

タン    パラーバワトー    ムカン
taṃ    parābhavato      mukhaṃ’’.
それが  没落しつつある者の   入口


○一口メモ
「おびただしい富あり、黄金あり、食物ある人が、ひとりおいしいものを食べる。」このことに何とコメントしていいかわかりません。なんと心の狭い、淋しい、卑しい人間なのだと思ってしまいます。

逆の場合を考えてみましょう。「富はなく、もちろん黄金はありません。食べものも少ししかありませんが、乏しい食べ物を分け合って食べる。」 その時の分け合った人たちの心はどうでしょうか。幸せに満たされているのではないでしょうか。食べ物は少なく貧しいものかもしれませんが、その人たちの心は広く、楽しく、高貴な人間であるように思います。

ここで、真理というものを考えてみましょう。一人占めする所には真理はありません。分け合うところに真理があるのです。

真理は、平等であるという性質を持っているのだと思います。あるものは、真理は平等になるように働くのです。それはバランス、調和というものです。それに反する者は、富や食べ物を一人占めする者は没落の道を進むのです。そのような人々は何者かに攻撃されるかもしれません。しかし、それ以上に彼を攻撃する者は、自我の奥にある彼の本心(良心)にさいなまれ、病気になるとか、その他の不幸な出来事に遭遇することになるのです。それが法則です。なぜならば、心がすべてを作りだしているからです。それはダンマパダ1番と2番に述べられていることです。


第五の 没落の原因は わかります 第六の原因を 教えて下さい<101>
金があり 食料もたくさん あるけれど 分けない人は 没落必定<102>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年07月05日 10:24
自分の食費よりも
うちの三匹の猫さんと
外の十匹位いる野良猫さん達の
ご飯代のほうがかかります。
でも、み~んな大元気で
うちの裏の草叢でレスリング大会を
毎日開催しています。
今日は雨なので中止になった様です。
猫さん達の目はいつも
キラキラ輝いていて
慈しみの目で私を見つめてくれます。
錯覚ではなく
本当に慈悲の目ですよ、あれは・・・・・
猫さん達に修行の到達レベル
抜かれてしまったようです・・・はい。
みき
2013年07月05日 13:05
こんにちは、ワンギーサ先生。
富や財産は分かち合い、独り占めするものではないということですね。ついつい、何でも身分不相応に食べすぎてしまうので、気をつけます。
いけざきなかひこ
2013年07月06日 05:29
ワンギーサさん、おはようございます。

他人に何かプレゼントした時の
相手の`スカッとした`というか何とも形容しがたい
`ニッコリした`笑顔を見ると、
贈ったコチラまで嬉しい気持ちになるものですが、
なかなかそれが実行出来ません。

`私はお金がないだから~`
だとか(心の中で)言い訳ばかりしてしまいます。
お金がないなら、モノを贈る代わりに
他人に安らぎを与えるような話をすればいいんですね。
もう少し自分を捨てられたらいいなあ、と考えてます。
自己の傲慢さを取り払う意味も込めて。

自己犠牲はやりすぎですが、自分の許容範囲内での
ささやかなプレゼントを感謝の意味を込めて
周りの人々に贈りたいものです。
こころざし
2016年03月17日 07:24
私事ですが、以前転職を繰り返す中で給料が激減し、車を維持できず手放した事があります。当時の僕には千円が大金でした。そんな中お布施について知り、貧者の一灯と思って実行した事があります。後から振り返りますと(貧者の・・言葉が合っているか分かりませんが)、欲を減らす機会に繋がったと感じています。そして今も生きて・法を学べる幸いに繋がっています、有難く思います。
今後もお布施をさせて頂きながら実践をして参りたいです。






そんな中お布施について知り、貧者の一灯と思って実行した事があります。後から振り返りますと、欲を減らす機会に繋がったと感じています。