最高の 味は何かと 問うならば 遠離の味と 寂静の味<257>

○少年少女のためのスッタニパータ257(5)
・・・
孤独は嫌だと
思うかもしれないが、
これがチャンスと思って
自分自身を見つめてごらん。


257.第2 小さな章 3.恥経 5.

○中村元先生訳
257
遠ざかり離れる味と
平安となる味とを味わって、
法の喜びの味を味わっている人は、
苦悩を離れ、悪を離れている。


○正田大観先生訳
260.(257) 
遠離の味わいを飲み干して、
さらには、寂止の味わいを〔飲み干して〕、
懊悩なく悪なき者と成る
――法(真理)の喜悦の味わいを飲み干しながら。ということで――(5)


○パーリ語原文
260.
パウィウェーカラサン    ピトゥワー
Pavivekarasaṃ        pitvā,
遠離の味を          飲んで

ラサン   ウパサマッサ   チャ
rasaṃ    upasamassa   ca;
味を     寂静        と

ニッダロー     ホーティ    ニッパーポー
Niddaro       hoti       nippāpo,
悩みのない者   成る      悪のない者

ダンマピーティラサン    ピワンティ
dhammapītirasaṃ      pivanti.
法悦の味を          飲みながら・と


○一口メモ
四番目の問「味の中で最高のものは何か?」に対するお答えがこの偈です。

「遠離の味」これは何でしょうか?中村先生の訳では、「遠ざかり離れる味」とされています。これでは意味がわかりません。遠離とは、外からみた場合の意味は、人々から離れて一人でいるということになります。しかし、遠離の本当の意味は内面的なもので、あれこれと心の外のことに関わりを持たないことです。

そのため、あれこれの束縛がないのです。それは回りの事柄に依存してなく、自由であるということです。本質的には煩悩から離れているということです。ですから、一人でいなくとも、人々の中に居ても遠離ということはあり得るのです。「遠離の味」とは束縛のない、自由な、煩悩から離れることから生じる喜びなのです。

次の「寂静の味」は何でしょうか?中村先生訳は「平安となる味」となっています。正田先生訳は「寂止の味わい」です。寂静とは煩悩をなくすことで生じた涅槃の境地なのです。ですからこれは、涅槃の味ということです。この味は体験した人分からないものですが、甘露などとも呼ばれる聖なる法から離れない最高の喜びだと言われています。

この「遠離の味」と「寂静の味」の両者を「法の喜びの味」あるは「法(真理)の喜悦の味わい」と訳されています。これを「法悦の味」とも言います。これが最高の味だと述べられているのです。

このように、ブッダは第四の質問に、最高の阿羅漢の境地を説いて説法を終わりました。説法が終わると、心の中で四つの質問したバラモンの苦行者はブッダのもとで出家して、幾日もしないで解脱して阿羅漢になられたと言うことです。

今回の偈とよく似た偈がダンマパダにありますので、参照して下さい。
にがそうな 遠離の味を 味わえば 心は寂静 真理が観える(205)
http://76263383.at.webry.info/201209/article_19.html


最高の 味は何かと 問うならば 遠離の味と 寂静の味<257>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎11月2日(土)夜のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。
理由は八王子の正山寺のカティナ衣法要にワンギーサが参加するためです。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年10月31日 09:29
世間のひしめきと

心のざわめきから遠離し

生・滅のきらめきに沈黙する

法悦の味にひらめき

天がどよめく


生きとし生けるものが幸せでありますように
MK
2013年10月31日 22:17
一人で部屋にいる時、遠離を味わうには最もいい状態なのだと思いますが、すぐに人肌を求めて動画を見たり、音楽を聴いたりしてしまいます。
頑張って瞑想しますがどうにも外からの刺激の方が心地良いです。
まずは音が無い時間を少しずつ延ばしていこうかと思います。頭の中のお喋りも含めて…。

少しでも静寂の味が味わえますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
こころざし
2016年04月28日 07:53
以前は、誰か相手をしてくれないと寂しい・・という欲?不安?がありました。その為何処かに行くにも同行して下さる方を探す姿勢がありました。
現在は不放逸を教えて頂いた事もあり、上記のような事は全く気にならなくなっています。また煩悩がない方が今に集中出来ますし、生きやすくなると実感しています。
阿羅漢の境地を目指して、煩悩をなくせるように努めたいです。