人々は 家畜を殺す バラモンを あり得ないこと だと非難した<313>

○少年少女のためのスッタニパータ313.
・・・
悪いおこないは人に知られれば
必ず非難される。
だからやめなさい。
まさか、知られなければ、
よいとは思わないよね。


スッタニパータ313. 第2 小さな章 7.バラモン法経 30.

○中村元先生訳
313
このように昔からのこのつまらぬ風俗は、
識者の非難するものである。
人はこのようなことを見るごとに、
祭祀実行者を非難する。


○正田大観先生訳
316.(313) 
このように、この微細な法(性質)が、
過去のこととして〔世に有り〕、識者によって非難されたのです。
そこにおいて、このような〔供犠〕を見るなら、
人々は、祭祀者を非難します。(30)


○パーリ語原文
315.
エーワメーソー    アヌダンモー
‘‘Evameso       aṇudhammo,
このように       つまらない法は

ポーラーノー    ウィンニュガラヒトー
porāṇo        viññugarahito;
昔からあって    識者によって非難されて

ヤッタ    エディサカン    パッサティ
Yattha     edisakaṃ      passati,
ところでは  このようなことを  見る

ヤージャカン  ガラハティー    ジャノー
yājakaṃ     garahatī       jano.
祭祀者を    非難する      人々は


○一口メモ
昨日の312番の偈の「一口メモ」の始めに、「正直に言うと、私はこの偈は何を言いたいのか分からなかのです。」と書きました。これは「分からなかった」ではなく、「分からない」とした方がよかったのかもしれません。今日、私の修行仲間のヤサさんに「この一口メモは全然ひねりがない。当たり前すぎる。」と言われてしましました。それを同じように思われたのでしょうか、「鹿野苑の馬鹿凡」という方が、よく分かるようにコメントをしてくれました。まだそれをお読みでない方は昨日のコメント欄を是非お読みください。

何故、このようなことを書いているかと言えば、今日の偈も昨日の偈とほぼ同じことが述べられていると私には思えたからです。しかし、ブッダの論理は決して飛躍しません。同じように見えても少しずつ進んでいます。昨日の偈からこの偈の微妙な違いを調べてみましょう。

諸々の暴力が昔からあり、そのなかに殺生という法に反する行為があった。
それらを識者は非難した。
家畜を殺すという行為を行ったバラモンたちは法に反し、法から転落した。
(以上312番)
家畜を殺すという習慣は昔からあった。
識者はこの行為を非難していた。
家畜を殺すという行為を見た人々はバラモンたちを非難した。
(以上313番)

このように並べてみると、今回の偈で、バラモンたちは人々から非難されるようになったということがよく分かります。人々は「バラモンたちによって、かつてなかったことが起こされた。彼らは牛を殺して食う。」と非難したということです。バラモンたちの悪行為の結果は、病気が増えるという他にも、このようにも現れたのです


人々は 家畜を殺す バラモンを あり得ないこと だと非難した<313>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎12月28日(土)から1月3日(金)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年12月27日 09:31
誰も「因果・縁起」から
逃れることは出来ませんよ。
人の目が届かないと思っても
「真理の法」は観ています。
人格向上・智慧の開発に励む事無く
五欲の罠にはまり
渇愛の強化してゆくままに心身を委ねれば
それ相応の結果が待ちうけています。
人々は見て、きちんと知っていますよ。
誰よりも
「自分自身」が
一番知っているではありませんか!!!!

生きとし生けるものが幸せでありますように
noritarou
2013年12月27日 12:54
人は、祭祀としての牛殺しを批難します。
人は、道徳(神)に背く行為を批難します。
しかし、ではなぜ、戦争・貧困などはなくならず、負のスパイラルは増え続けているように感じるのでしょうか。
ハロウィンやクリスマスは、知らないうちにそれら批難するべきことをお祝いしてしまっているのかもしれません。

悪、渇愛は、潜在的に人が求めているもののように感じるので、私は仏道に精進します。
すべての地獄などにいる生命も幸せでありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
こころざし
2016年05月17日 07:27
悪いことをすれば非難されるのは当然と思います。悪い事をしないという中の一つに殺生があると感じます。どのような理由でも殺生を正当化できないと分かりました。昨日家にいた小さな虫を外に出そうとして、手の中で潰れてしまいました。反省しました。
殺生について、安易になんだかんだ理由をつけて言い訳しそうになる自分がいますが、戒めたいです。