托鉢を 終えて聖者は 町を出て パンダヴァ山に 登られました<414>
○少年少女のためのスッタニパータ414
・・・
昔の修行者は托鉢ができ、
修行の邪魔にならない
森や山と町の中間に
住んでいたのですね。
スッタニパータ414. 第3 大きな章 1.出家経 10.
○中村元先生訳
414
聖者は托鉢を終えて、
その都市の外に出て、
パンダヴァ山に赴いた。
──かれはそこに住んでいるのであろう。
○正田大観先生訳
417.(414)
〔行乞の〕食の行(托鉢行)を歩んで〔そののち〕、
牟尼は、城市を出て、
パンダヴァ〔山〕へと〔歩を〕運びました。
ここが住居と成るのでしょう。(10)
○パーリ語原文
416.
ピンダチャーラン チャリトゥワーナ
Piṇḍacāraṃ caritvāna,
托鉢行を 行って
ニッカンマ ナガラー ムニ
nikkhamma nagarā muni;
出て 都城を 聖者は
パンダワン アビハーレースィ
Paṇḍavaṃ abhihāresi,
パンダヴァ山 赴いた
エッタ ワーソー バウィッサティ
ettha vāso bhavissati.
ここに 住まいが あるのだろう
○一口メモ
今回の偈は難しくありません。書いてある通りです。例の比丘の後をつけて行ったビンビサーラ王の家来は「比丘は托鉢を行ってから、町を出て、パンダヴァ山に行った。」と観察したのです。そして「そこに彼の住まいがあるだろう」と思ったのです。
4月5日のブログ記事で次のように説明した五つの山の一つです。「『ギリッバジャ』とはラージャガハ(王舎城)の別名で、山に囲まれたという意味です。その山は五つあり、パンダヴァ(白善山)、ギジャクータ(霊鷲山)、ヴェーバーラ(広普山)、イシギリ(仙人堀山)、ヴェープッラ(負重山)です。」
またこの偈では、聖者という言葉が出てきますが、この比丘はまだ聖者になっているわけではありませんが、当時の世間の慣例で、出家者を聖者と呼んでいたからです。
また余談ですが、4月8日のブログ記事に「ある方へのアドバイス」を書きましたが、その方からメールで御返事を頂きました。その方はご自分で計画を立て、実践されていました。そしてそれなりの成果を得ているとのことでした。私の杞憂だったと安心しました。あの文章を読まれて御心配されたブログ読者の方もおられると思いまして、あえて報告させて頂きました。ありがとうございました。
托鉢を 終えて聖者は 町を出て パンダヴァ山に 登られました<414>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎4月28日(月)から5月6日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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昔の修行者は托鉢ができ、
修行の邪魔にならない
森や山と町の中間に
住んでいたのですね。
スッタニパータ414. 第3 大きな章 1.出家経 10.
○中村元先生訳
414
聖者は托鉢を終えて、
その都市の外に出て、
パンダヴァ山に赴いた。
──かれはそこに住んでいるのであろう。
○正田大観先生訳
417.(414)
〔行乞の〕食の行(托鉢行)を歩んで〔そののち〕、
牟尼は、城市を出て、
パンダヴァ〔山〕へと〔歩を〕運びました。
ここが住居と成るのでしょう。(10)
○パーリ語原文
416.
ピンダチャーラン チャリトゥワーナ
Piṇḍacāraṃ caritvāna,
托鉢行を 行って
ニッカンマ ナガラー ムニ
nikkhamma nagarā muni;
出て 都城を 聖者は
パンダワン アビハーレースィ
Paṇḍavaṃ abhihāresi,
パンダヴァ山 赴いた
エッタ ワーソー バウィッサティ
ettha vāso bhavissati.
ここに 住まいが あるのだろう
○一口メモ
今回の偈は難しくありません。書いてある通りです。例の比丘の後をつけて行ったビンビサーラ王の家来は「比丘は托鉢を行ってから、町を出て、パンダヴァ山に行った。」と観察したのです。そして「そこに彼の住まいがあるだろう」と思ったのです。
4月5日のブログ記事で次のように説明した五つの山の一つです。「『ギリッバジャ』とはラージャガハ(王舎城)の別名で、山に囲まれたという意味です。その山は五つあり、パンダヴァ(白善山)、ギジャクータ(霊鷲山)、ヴェーバーラ(広普山)、イシギリ(仙人堀山)、ヴェープッラ(負重山)です。」
またこの偈では、聖者という言葉が出てきますが、この比丘はまだ聖者になっているわけではありませんが、当時の世間の慣例で、出家者を聖者と呼んでいたからです。
また余談ですが、4月8日のブログ記事に「ある方へのアドバイス」を書きましたが、その方からメールで御返事を頂きました。その方はご自分で計画を立て、実践されていました。そしてそれなりの成果を得ているとのことでした。私の杞憂だったと安心しました。あの文章を読まれて御心配されたブログ読者の方もおられると思いまして、あえて報告させて頂きました。ありがとうございました。
托鉢を 終えて聖者は 町を出て パンダヴァ山に 登られました<414>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎4月28日(月)から5月6日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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