バラモンや 王族・庶民 他でもない 無所有にして 智慧で世を行く<455>

○少年少女のためのスッタニパータ455.
・・・
君は何者?
大人?子供?男?女?
それが分かっても
それは君ではない。


第3 大きな章 4.献菓経(スンダリカ・バーラドヴァージャ経)1.

○中村元先生訳
455
「わたしはバラモンではないし、王族の者でもない。
わたしはヴァイシヤ族(庶民)の者でもないし、また他の何ものでもない。
諸々の凡夫の姓を知りつくして、
無一物で、熟慮して、世の中を歩む。

○正田大観先生訳
458.(455)
〔出生を尋ねるバーラドヴァージャ婆羅門に、世尊は答えた〕
「〔わたしは〕婆羅門として、まさに、存するにあらず。王子にあらず、
庶民にあらず、あるいは、〔他の〕いかなる者としても、存するにあらず。
凡夫たちの氏姓(迷いの者たちの生のあり様)を遍く知って、
無一物で、明慧ある者として、〔わたしは〕世を歩みます。(1)


○パーリ語原文
457.
ナ      ブラーフマノー    ノーンヒ    ナ    ラージャプットー
‘‘Na     brāhmaṇo       nomhi     na    rājaputto,
ない    バラモンでは    決して(私は) ない   王子では

ナ   ウェッサーヤノー    ウダ    コーチ        ノーンヒ
na    vessāyano        uda     koci         nomhi;
ない  庶民では        或は    いかなる者でも  決してない  


ゴッタン   パリンニャーヤ     プツッジャナーナン
Gottaṃ    pariññāya        puthujjanānaṃ,
氏姓を    よく知り         凡夫たちの

アキンチャノー   マンタ    チャラーミ    ローケー
akiñcano       manta    carāmi      loke.
無一物で      考えて    行く       世間を


○一口メモ
スンダリカ・バーラドヴァージャさんは、世尊に近づいて「あなたの生まれは何ですか?」と、釈尊の出生を尋ねました。それに対する釈尊の答えが今回の偈です。

「私はバラモンではありません。クシャトリヤ(武士階級)でもありません。ヴァイシヤ(庶民)でもありません。またそれ以外のシュードラ(奴隷階級)やチャンドーラ(不可触民)でもありません。」と答えます。この意味は大海に入った河川が元の名前を失うように、出家生活に入った人々は元の名前や氏を捨てるということで、カーストはないのだと言うことです。

このように出生を問題にすることを拒否して、しかし「諸々の凡夫の姓を知りつくして」と言います。これは凡夫の生き方はよく知っている」と言うことです。

「無一物(無所有)で、熟慮して、世の中を歩む」とは、無一物(無所有)だから、物に対する執着がなく、正しく判断でき、よく考えているので、智慧があり、そのように世間を渡っていると述べているのです。

更に、明日掲載する偈でも、このバラモンの問が不適当であると述べるのです。


バラモンや 王族・庶民 他でもない 無所有にして 智慧で世を行く<455>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎5月30日(金)から6月5日(木)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。理由はワンギーサが関西ウェーサーカ祭及び熱海の瞑想合宿に参加するためです。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

こころざし
2016年06月30日 20:50
この偈のバラモンのような視点・固定概念(?)的なものがあると、真理の視点は持てない印象を感じました。そのような視点があるのであれば、捨てないと未来はないように感じます。ブッダが教えて下さる正しい見方、培って参りたいです。