知に至り 定を楽しむ 覚者を 時に応じて 供養しなさい<503>
○少年少女のためのスッタニパータ<503>
・・・
理想と現実があります。
しかし、現実を踏まえながら、
理想をいかに実現するかが大切です。
あきらめてはいけません。
あきらめなければ智慧が生まれます。
第3 大きな章 5.マーガ経 17.
○中村元先生訳
503
ヴェーダに通じ、安らいだ心を楽しみ、落ち着いて気を着けていて、
全きさとりに達し、多くの人々に帰依されている人々がいる。
──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。
○正田大観先生訳
509.(503)
〔まさに〕その、〔真の〕知に至り、瞑想(禅・静慮:禅定の境地)に喜びある、気づきの者
――正覚を得た者にして、多くの者たちの帰依所となる者
――彼にたいし、〔正しい〕時に、捧げものを献じるがよい。
功徳を期す婆羅門が、祭祀をするなら」〔と〕。(18)
○パーリ語原文
508.
ヨー ウェーダグー ジャーナラトー サティーマー
‘‘Yo vedagū jhānarato satīmā,
彼は 聖智に通じ 禅定を楽しみ 念のある
サンボーディパットー サラナン バフーナン
sambodhipatto saraṇaṃ bahūnaṃ;
正覚を得 帰依される者 多くの人に
カーレーナ テース バビャン パウェッチェ
Kālena tesu habyaṃ pavecche,
時に応じ その人達に 供物を 供養するがよい
ヨー ブラーフマノー プンニャペッコー ヤジェータ
yo brāhmaṇo puññapekkho yajetha.
もし バラモンが 功徳を望んで 祭祀をするのであるなら
○一口メモ
マーガ学徒がブッダに「どのような人が供養に値するか」と質問しました、その答えは14偈あります。その最後の14番目が今回の偈です。
「聖智に通じ」とは、世間の知識ではない、出世間の知識に通じていること。それは心の平安についての知識に通じていることであると思います。
「禅定を楽しみ」について。世間の人々は禅定の楽しみは知りません。瞑想をするのは嫌いなのです。心は刺激を求めていますが、瞑想は刺激を遮断する行為だからです。しかし、五蓋(貪欲、瞋恚、心の沈滞、興奮・後悔、疑惑)がなくなると禅定が訪れます。禅定には喜びや楽しみがあります。
禅定に楽しむ人々に、念(気づき)があるならば、智慧が生まれるのです。この智慧によって正覚(悟り)が現れます。
その智慧から正覚が得た人々から、人々は幸福になる生き方を学べます。そのため多くの人々から帰依されるのです。このような人々を供養するならば、大きな功徳があるのです。
「少年少女のためのスッタニパータ」について。何故の今回の偈に対してこの「少年少女のためのスッタニパータ」なのかなと思った方が多いと思います。今までもそのように考えた方もおられるでしょう。今まではその説明はしませんでしたが、今日は少し説明しようと思います。
「聖智に通じ」を「世間の知識ではない、出世間の知識に通じていること」と解説しました。理想は出世間の知識で、現実は世間の知識という意味を込めました。これは別のものですが、しかし別だと済ませてはいけないと思っています。現実にいかに理想を実現するかが大切だと思っています。例えば、酒のこと、現実には酒を飲む。しかし、酒を飲まないようにする。或は現在悟ってない。しかし悟るようにする等です。この過程には智慧が必要なのです。少しこじつけかもしれませんがお許しください。
知に至り 定を楽しむ 覚者を 時に応じて 供養しなさい<503>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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理想と現実があります。
しかし、現実を踏まえながら、
理想をいかに実現するかが大切です。
あきらめてはいけません。
あきらめなければ智慧が生まれます。
第3 大きな章 5.マーガ経 17.
○中村元先生訳
503
ヴェーダに通じ、安らいだ心を楽しみ、落ち着いて気を着けていて、
全きさとりに達し、多くの人々に帰依されている人々がいる。
──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。
○正田大観先生訳
509.(503)
〔まさに〕その、〔真の〕知に至り、瞑想(禅・静慮:禅定の境地)に喜びある、気づきの者
――正覚を得た者にして、多くの者たちの帰依所となる者
――彼にたいし、〔正しい〕時に、捧げものを献じるがよい。
功徳を期す婆羅門が、祭祀をするなら」〔と〕。(18)
○パーリ語原文
508.
ヨー ウェーダグー ジャーナラトー サティーマー
‘‘Yo vedagū jhānarato satīmā,
彼は 聖智に通じ 禅定を楽しみ 念のある
サンボーディパットー サラナン バフーナン
sambodhipatto saraṇaṃ bahūnaṃ;
正覚を得 帰依される者 多くの人に
カーレーナ テース バビャン パウェッチェ
Kālena tesu habyaṃ pavecche,
時に応じ その人達に 供物を 供養するがよい
ヨー ブラーフマノー プンニャペッコー ヤジェータ
yo brāhmaṇo puññapekkho yajetha.
もし バラモンが 功徳を望んで 祭祀をするのであるなら
○一口メモ
マーガ学徒がブッダに「どのような人が供養に値するか」と質問しました、その答えは14偈あります。その最後の14番目が今回の偈です。
「聖智に通じ」とは、世間の知識ではない、出世間の知識に通じていること。それは心の平安についての知識に通じていることであると思います。
「禅定を楽しみ」について。世間の人々は禅定の楽しみは知りません。瞑想をするのは嫌いなのです。心は刺激を求めていますが、瞑想は刺激を遮断する行為だからです。しかし、五蓋(貪欲、瞋恚、心の沈滞、興奮・後悔、疑惑)がなくなると禅定が訪れます。禅定には喜びや楽しみがあります。
禅定に楽しむ人々に、念(気づき)があるならば、智慧が生まれるのです。この智慧によって正覚(悟り)が現れます。
その智慧から正覚が得た人々から、人々は幸福になる生き方を学べます。そのため多くの人々から帰依されるのです。このような人々を供養するならば、大きな功徳があるのです。
「少年少女のためのスッタニパータ」について。何故の今回の偈に対してこの「少年少女のためのスッタニパータ」なのかなと思った方が多いと思います。今までもそのように考えた方もおられるでしょう。今まではその説明はしませんでしたが、今日は少し説明しようと思います。
「聖智に通じ」を「世間の知識ではない、出世間の知識に通じていること」と解説しました。理想は出世間の知識で、現実は世間の知識という意味を込めました。これは別のものですが、しかし別だと済ませてはいけないと思っています。現実にいかに理想を実現するかが大切だと思っています。例えば、酒のこと、現実には酒を飲む。しかし、酒を飲まないようにする。或は現在悟ってない。しかし悟るようにする等です。この過程には智慧が必要なのです。少しこじつけかもしれませんがお許しください。
知に至り 定を楽しむ 覚者を 時に応じて 供養しなさい<503>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎7月4日(金)から7月8日(火)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。朝5時から7時の自主瞑想会は通常通り行います。朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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