仙人は 喜び与え 立ち去って 甥を憐れみ 教戒をした<695>

○少年少女のためのスッタニパータ<695>
・・・
アシタ仙人は
人々を喜ばせ、宮殿を去り、
妹の息子ナーラカに
自分の想いを託した。


第3 大きな章 11.ナーラカ経 17.

○中村元先生訳
695
かの清らかな修行僧(アシタ仙人)はシャカ族の人々に大きな喜びを起させて、
宮廷から去っていった。
かれは自分の甥(ナーラカ)をあわれんで、
比(たぐい)なき力ある人の教えに従うようにすすめた。──


○正田大観先生訳
701.(695) 
彼(アシタ聖賢)は、梵行者は、サキャ〔族〕の者たちに広大なる喜悦を生んで、
〔王の〕内宮から出て行った。
彼は、自ら、甥を慈しみつつ、
忍耐強さでは同等の者なき方の諸々の法(教え)を勧めた
(成道後のブッダから教えを受けるべく申し伝えた)。(17)


○パーリ語原文
700.
ソー    サーキヤーナン    ウィプラン   ジャネートゥワー    ピーティン
So      sākiyānaṃ       vipulaṃ     janetvā          pītiṃ,
彼は    釈迦族の人々に   大きな     もたらして        喜びを

アンテープラランハー   ニラガマ     ブラフマチャーリー
antepuramhā         niragama     brahmacārī;
王宮から           出て行った   梵行者は

ソー   バーギネッヤン   サヤン    アヌカマーノー
So    bhāgineyyaṃ     sayaṃ     anukampamāno,
彼は  姉妹の子を     自ら      憐れんで

サマーダペースィ    アサマドゥラッサ       ダンメー
samādapesi        asamadhurassa        dhamme.
勧める          たぐいまれな精進の人の  教えを


○一口メモ
アシタ仙人が釈迦族の人々を喜ばしたとは、一昨日掲載した693偈の内容です。

「この王子は最高のさとりに達するでしょう。
この人は最上の清浄を見、多くの人々のためをはかり、
あわれむが故に、法輪をまわすでしょう。
この方の清らかな行いはひろく弘まるでしょう。」これがその内容です。

アシタ仙人は、自分の余命が少なくてお釈迦様の説法は聞けないのは残念だと思いましたが、心を変えて、宮殿を去り、彼の一番下の妹のところに出かけました。

彼はそこで、妹の息子のナーラカ(ナーラカ経の名前の由来の者)少年を呼び、そこで苦行者の出家をさせました。そして、「比(たぐい)なき力ある人の教えに従うように」と教戒したのでした。この教戒の内容は、明日掲載する696偈で明示されます。


仙人は 喜び与え 立ち去って 甥を憐れみ 教戒をした<695>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎12月6日(土)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会は、初期仏教月例講演会の開催のためにお休みいたします


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。


この記事へのコメント

あすか
2014年12月02日 08:43
さすがはアシタ仙人。
どうしようもないことを
いつまでも嘆いているのではなく、
今できる事をする。

見習わないと。
こころざし
2016年09月10日 07:37
世間一般的?な、真実か分からないような内容で、上から見守っている等の話を聞く事があります。ですが、アシタ仙人の言葉を拝見しますと、ブッダの教えをその上から知る事は出来ないのかな、と思いました。人間にブッダの教えを聞けることを依頼する事、興味深く思います。
※ふと、神々もブッダの教えを聞きに来ると拝見したように思い出しました。アシタ仙人はそのような形で実現するような事はされなかったのでしょうか。