想を知り 激流渡る 聖者らは この世あの世も 望むことない<779>

○少年少女のためのスッタニパータ<779>
・・・
私達はいろいろな
偏見に拘束されています。
しかし、それらに拘束され、
自由を奪われていても、
それに気づいていないのです。


第3 八つの詩句の章 2.洞窟八詩句経 8.

○中村元先生訳
779
想いを知りつくして、激流を渡れ。
聖者は、所有したいという執著に汚されることなく、
(煩悩の)矢を抜き去って、勤め励んで行い、
この世もかの世も望まない。


○正田大観先生訳
786.(779) 
〔心中の〕表象(想:概念・心象)を遍く知って、〔貪欲の〕激流を超え渡るように
――諸々の執持〔の対象〕(所有物)に汚されない牟尼(沈黙の聖者)となり。
〔貪欲の〕矢が引き抜かれた者は、〔気づきを〕怠ることなく行じおこなう者は、
この世を、さらには、他〔世〕を、〔両者ともに〕願い求めない。ということで――(8)


○パーリ語原文
785.
サンニャン    パリンニャー   ウィタレッヤ    オーガン
Saññaṃ      pariññā       vitareyya      oghaṃ,
想を        よく知って     渡るように     激流を

パリッガヘース   ムニ    ノーパリットー
pariggahesu      muni    nopalitto;
所有に対して    聖者は  汚されない

アッブールハサッロー    チャラマッパマットー
Abbūḷhasallo          caramappamatto,
矢を抜き去って        不放逸に行じつつ

ナースィンサティー    ローカミマン    パランチャーティ
nāsiṃsatī          lokam・imaṃ     parañ・cā・ti.
願わない          世を・この      あの・また・と


○一口メモ
今回は「想(表象)をよく知って」であります。どのようによく知るのでしょうか? 感覚器官で苦(不快)や楽(不楽)を感じるのは想(表象)に基づくのであります。

以下は、私の理解のための、或は説明のための試論です。ですから、このように理解しなくてもよいのです。御自分の瞑想体験や修行に基づいて、考えを整理してください。重要なことは欲望を始めとする煩悩を乗り越え、解脱することです。

始めに「想」について考えてみましょう。想とは五蘊{色(肉体)、受(感覚)、想(表象、記憶)、行(形成作用)、識(識別作用)}の「想」です。想には層があるようです。顕在記憶、個人的潜在記憶、集団的潜在記憶などです。顕在記憶とは自覚している記憶です。潜在的記憶とは、自覚していない記憶です。しかし、これは瞑想修行が進んでくると今まで自覚されてない記憶が思い出されて、潜在記憶が顕在記憶になります。集団的潜在記憶とは、民族あるいは人類が共通して持っている潜在的記憶です。

例えば、劣等感などは自覚していない場合も多いので、個人的潜在的記憶でしょう。もちろんそれが自覚されれば、顕在意識になります。本能と言われる部分は集団的潜在的記憶でしょう。肉食動物は肉を食べ、草食動物は草を食べるなどは肉体に結びついたより深い集合的潜在的記憶です。生命は多くの潜在的記憶に支配されているのです。

上記の個人的潜在記憶である劣等感のない人は難なくできることも、劣等感のある人には出来ないことが多いのです。しかし自分の劣等感を自覚して、よく分析して、解決の糸口を見つければ解決できます。想をよく知ってとはそのようなことです。

また、煩悩と言われるものは人類共通の本能なのです。私達の行動は煩悩し支配されています。「想い(想)知りつくして、激流を渡れ」とは、「本能を知り尽くして、本能を乗り越えよ」というような意味です。

欲や怒りは生命の本能的な反応なのですが、決して乗り越えられないものではないのです。例えば、性欲は本能だから止められないと思っている人もいますが、それは単なる妄想です。そのことをよく理解すれば、止めることが出来ます。止めることは出来ないと思っている限りできません。それは当たり前のことです。

本能を克服して、人間であることを超越された方はたくさんおられます。その代表がブッダを始めとする阿羅漢の方々です。本能は乗り越えられないというのは迷信、或は偏見です。迷信や偏見を自覚して、よく知って、苦をなくし、解脱するためにはこれらを乗り越える必要があるのです。

尚、想を顕在記憶、個人的潜在記憶、集団的潜在記憶と分類したのは、その克服が難しくなると考えたからです。またこの用語が理解をするために適当なものかどうか分かりません。今後改善したいと思います。

さて、今回の偈で「洞窟八詩句経」が終わります。明日からは「悪意八詩句経」が始まります。


想を知り 激流渡る 聖者らは この世あの世も 望むことない<779>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

2015年01月30日 05:06
沖縄の人々が本土の人々と接して、琉球民族と大和民族の根本的アイデンティティーの相違に気づいた。という場合は民族の集団的潜在的記憶が喚起されてるのかもしれません。

ただ、民族のアイデンティティーを保持するために、民族としての特徴や誇りなどを幼少の頃から教育で刷り込むことがあるので、それは潜在的記憶と言えるのか?が疑問です。

民族のアイデンティティーの自覚の一部は教育つまり後天的になされているように思います。


私の場合は想は「概念」のほうがしっくりきます。

概念は人間が作ったものです。

「有る」という認識と同時に「概念」が生じます。

「有る、無い。」という認識に問題(煩悩がそこから生じる)がありますから、当然「概念」に問題があると思います。
身の丈修行者
2015年01月30日 07:34
おはようございます。

自己啓発系のものに参加した時に、潜在意識は何か神秘的な・証明の難しい・もしかすると主催者・講演者の誘導に利用されるような、そんな便利に使われている印象を感じる事がありました。

冥想修業で潜在意識が分かると、それを知らない頃と比べ生き方が変わるように感じます。

冥想をもっと実践したいです。

ワンギーサ長老・皆様の今日も素晴らしい一日となりますように。
りんご
2015年01月30日 19:02
自覚、気づきの重要性をいつも感じます。
実際は難しいと感じるときもありますが、
少しづづやっていきたいです。
カエルくん
2015年01月30日 20:33
過去にあった嫌なことが繰り返し思い出されて、そのたびに怒りが新たにわき起こり、悪業を積んでしまいがちです。
もう少し成長したいです。

それから、本能であるところの食欲と向き合うために、お昼以降食事を摂らない、という戒律にチャレンジしたいな、ということを考えています。
仕事のある日は、昼食がどうしても12時からになってしまうので、13時以降は食べないというふうにアレンジして…。
ただ、守れないと悪業になるので、できそうにないならはじめから五戒のみを守っていた方が良いと伺ったこともあり、迷い中です。
おみ
2015年01月30日 23:48
 昨日「煙草をやめたくて二コレットやら禁煙パイポやら色々試したけど、そのときはやめられなかった。でもある時なんとなく「もういらない」という気持ちになって、それ以来6年間吸いたいと思ったことがない。」という方のお話を聞きました。冥想とは無縁のおじさまです。私にも似たような経験があります。

 人は「やめられない」と思うから何かに頼ってやめたいものをやめようとするのでしょうね。そのとき自覚がなくても、しっかりと「自分はやめられない」と決めていることになるのだから、やめられるわけがない。頼るものがなければなおさらやめられない。

 このようなことを乗り越えるには、純粋に冥想することが効き目抜群の特効薬なのかな、と。

生きとし生けるものが幸せでありますように

 
こころざし
2016年09月29日 07:19
自分にある固定概念・思考パターンを、これまであまり意識してきませんでした。そのようなものから偏見が出ると思います。それに注目し観察してみると、固定概念にそって見ている・無知的なものを感じました。偏見を起こしている自分の思考パターンの観察をして、そして正しい見方が出来る様になりたいです。