地上にも 天界すらも 如来に 等しい宝なし 幸いであれ<再224>

○ワン爺さんの独り言<224>
・・・
仏陀が最高の宝だと分かれば
これ以上に幸せなことがない。
これは分かった人だけが分かる。


224.第2 小さな章 1.宝経 3.

○日本テーラワーダ協会訳
3.
此の世、あるいは来世における如何なる富も、
また天上にある如何なる妙法も、
我らの如来に等しきものあらず、
此は仏陀の勝宝たる由縁なり。
この真実により、幸いがあらんことを。


○中村元先生訳
224
この世または来世におけるいかなる富であろうとも、
天界における勝れた宝であろうとも、
われらの全き人(如来)に等しいものは存在しない。
この勝れた宝は、目ざめた人(仏)のうちに存する。
この真理によって幸せであれ。


○正田大観先生訳
226.(224) 
あるいは、この〔世において〕、あるいは、あの〔世において〕、それが何であれ、富としてあるもので
――あるいは、それが、諸々の天上における、妙なる宝であるとして
――如来と等しいものは、けっして、存在しない。
これもまた、覚者(仏:ブッダ)における、妙なる宝である。
この真理によって、安穏有れ。(3)


○パーリ語原文
224.
ヤン   キンチ   ウィッタン   イダ     ワー    フラン    ワー
Yaṃ    kiñci     vittaṃ     idha     vā     huraṃ    vā,
もの   いかなる  財産      此の世の 或は   あの世の  或は

サゲース    ワー    ヤン    ラタナン    パニータン
saggesu     vā      yaṃ    ratanaṃ    paṇītaṃ,
天界の     或は    もの    宝       優れた

ナ   ノー    サマン     アッティ    タターガテーナ
na    no      samaṃ     atthi      Tathāgatena,――
ない  確かに  等しい     存在し     如来に

イダン    ピ    ブッデー    ラタナン    パニータン
idam     pi      Buddhe     ratanaṃ    paṇītaṃ,
これ も     仏陀の      宝       優れた

エーテーナ  サッチェーナ    スワッティ    ホーティ
Etena       saccena       suvatthi      hotu.
この       真実で       幸せで      あれよ


○一口メモ
この偈でブッダが述べた言葉は、「世の中のどんな財産、宝よりも、ブッダが最高の宝ですよ。」ということと「この真実によって、幸せでありなさい。」ということです。

この二つのことについて説明しなければなりません。これは通常のブッダの説法とは違うように思います。しかし、この点を理解することは重要です。

ブッダは「涅槃は最高」と仰っておられます。その意味は、涅槃は最高の幸せであるということです。宝とは人間を幸せにするものと思われています。それならば、最高の幸せ(涅槃)は最高の宝になると思います。であるならば、ブッダはその涅槃を発見し、それを体験する方法を教えたので、ブッダは最高の宝になるのです。

ブッダの説法は通常、どのようにしたら幸せになれるかと方法を教えています。数学の問題で言えば、問題の解き方を教えます。問題の答えは教えないのです。答えはブッダが教えた方法で、自分で考えて、答えを出しなさいと言うのが、通常の説法です。宝経はそれと異なる説法です。答えが最初にあるように思います。

ブッダが最高ということは、ブッダの教えは常に涅槃を理解するためのものでしたから、涅槃が最高ということです。涅槃が最高という答えを、皆さんが体験してその通りだとわかってほしいと言われているようであります。これはウェーサーリーの人々が旱魃、伝染病、悪霊に悩まされている緊急事態だったかもしれません。

もう一つ、「この真実によって、幸せでありなさい。」という意味です。みなさん、この意味がわかりますか。何か理屈に合わないような感覚を持ちませんか。理屈に合わないように感じない人は問題ないのですが、少し違和感を感じる人のために、少し説明します。仏教は神秘的な言葉の力やおまじないを言っているわけではないのです。

真実によって幸せになれるかということです。例えば「このお金で幸せになりなさい。」と言われたら解る人は多いと思います。お金に困っている人に、お金を上げたら、幸せになれるかもしれないと普通は思います。しかし、本当はお金をあげても幸せにはなりません。本当は真実の言葉を、理解して、実践することで幸せになれるのです。この偈の場合は、「ブッダは最高の宝だ。」という言葉の意味をよく理解して、その言葉に基づいて実践して、幸せになれるのです。宝経の特別な説き方をよく理解してください。だからこそこれは力のある祝福の経典なのです。


○前回のこの偈の解説

地上にも 天界すらも 如来に 等しい宝なし 幸いであれ<224>
http://76263383.at.webry.info/201310/article_2.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

生きとし生けるものは幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごことが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


○アラナ精舎雨安居日記 
2016.8.1.(月) 第13日目
 今日から八月、雨安居もいつのまにか13日過ぎた。ここでの生活に大分なれた。今日は昨日の夜に来られたのだろう、私のブロブに「こころざし」というハンドルネームで投稿されている方が早朝の本堂におられた。瞑想を一緒に行った。今日も宿泊され、明日までここで修行されるそうです。
 彼と今日来られた彼の知りあいの女性が昼の食事のお布施をしてくれた。彼女はテーラワーダ仏教の教えを学んで2年ほどで、心が変わるとともに調子が悪かった体調がずいぶん改善されたと言っていた。心が変われば身体も調子よくなるということですね。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎私ワンギーサは、7月20日から10月15日まで、大阪府岸和田市のアラナ精舎で雨安居をしています。カテナ法要まではこちらに滞在することになります。それ以後についてはどこで生活するか分かりません。宜しくお願い致します。

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この記事へのコメント

kempsford
2016年08月02日 04:27
おはようございます。
宝経で必ず繰り返されるフレーズが二つあります。①idampi buddhe ratanam panitam / ②etena saccena suvatthi hotuの語句です。しかし、私には、そのいずれについても疑問がありました。①は、「勝宝?何故?」、②は「真実によって幸い?何故?」。宝経を読誦するたびに、この箇所にひっかかっていました。でも、本日、ワンギーサ先生のご説明を読みました。疑問の霧が晴れました。ご指導ありがとうございました。
こころざし
2016年08月03日 22:39
長老の大念処経、本を拝見し、ブッダが最高の宝である理由の現実的(?)な所を実感致しました。このように分かり易く教えて下さり、そしてそれを実践する事で、悟りへの道へ導いて下さる事、真の宝と思います。以前自己啓発等で、明るく生きれれば・有名になれたら・凄いと言われる人物に成れたら・・等の教えて下さった目標とは次元の違い的なものを感じます。
ブッダの教えを実践し、そして心を成長させたいです。