ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第1章 無常 第33偈

33 ひとびとの命は昼夜に過ぎ去り、ますます減って行く。___水の少ない所にいる魚のように。かれらにとって何の楽しみがあろうか。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
この偈では、「かれらにとって何の楽しみがあろうか。」について少し考察してみます。

今ちょうど、ロシヤでサッカーのワールドカップが行われています。それを観戦、応援している人々をテレビで見るとモノに憑かれたように楽しんでいます。ですから、彼らには楽しみがあるように見えます。

しかし、自分の応援しているチームが勝利すれば喜びますが一時的です。試合が終わればさみしくなります。まして敗北すれば悲しむのです。

SRKWブッダは「人々(衆生)は楽しみならざるものを楽しみとしていて、真実の楽しみを知らい。 真実の楽しみは静けさとともにある。真実の楽しみは老いることがない。真実の楽しみは虚妄ならざるものである。」と述べています。

さらに、「世間のことがらを楽しんでいる人々はまるでモノに憑かれたかのようである。仏道を歩む人はそのようであってはならない。静けさを楽しみつつゆっくりと邁進せよ。心を躍らせて(動揺させて)いてはとても安らぎには至れないからである。」

「些細な苦しみでも大きな苦しみでも世間は苦しみに満ちている。しかし解脱した人には苦しみは存在しない。ゆえに出世間と名づく。世間には楽しみは少なく、あったとしても微々たるものである。 その一方で、出世間には大いなる楽しみが満ちている。そこには憂いがない。」と。

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