ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第1章 無常 第42偈

42 それ故に、修行僧らは、つねに瞑想を楽しみ、心を安定統一して、つとめはげみ、生と老いとの究極を見きわめ、悪魔の軍勢に打ち克って、生死の彼岸に達する者となれ。
                           以上第一章 無常

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
今回で、ゴータマ・ブッダの「第1章無常」に関する感興句は終わります。
そこで、現代の仏であるSRKWブッダの無常に関する言葉を幾つかピック・アップしてみます。

「何を得ても、消えていく。この世は無常だからである。しかしながら、解脱は消えることがない。何となれば、解脱とは余計なものが無くなった状態だからである。無くなったものは、再び寄りつくことがない。この名称と形態(nama-rupa)が、解脱によって無くなるものである。」

「自分の外に何を作ろうとも、完璧で、完全なものなど作ることはできない。たとえ作ることができたと思っても、すべて崩れ去る。この世は無常だからである。自分の中に信仰を確立し、精進して、作仏したならば、それは決して崩れ去ることがない。ニルヴァーナは不滅だからである。」

「居た人がいなくなる。あったものが無くなる。あった筈のものがなくなっていた。これらのことがらは、この世の真理である。これを無常と呼ぶ。しかしながら、一切の苦悩もまた無常である。この真理によって、一切の苦悩を滅ぼしたとき、人は仏になるのである。」

「苦に打たれ強いということが目標であれば、木石になるしかなかろう。苦に打ち負けてしまうしかないのであれば、苦から脱れることはできないことになる。ところが、苦は無常であり、滅することができるものである。その道を説くのが仏教であり、『真実を知ろうと熱望する人が解脱する』のが教えである。」

「世の中の無常なる様を千万年見つめていても、覚りは生じない。世の中の無常なる様を見て、さらに真実の真相を知ろうとする人が、苦の真実を見極めて、それぞれの解脱を生じる。ここに、苦の終滅を見る。」

「能く省察する人は、この世が苦に満ちていることを理解するだろう。しかし、それだけでは苦を離脱することは出来ない。この苦が無常であって、それゆえに離脱でき得るものであることを知ったとき、聡明な人は苦の根本の一つの体を捨て去る。」

以上です。

繰り返しになりますが、無常について私なりにまとめると、次のようになります。
1、この世のものはすべて無常だから壊れて消え去る。しかし、この世のものでないというべきニルヴァーナがある。これは壊れて消え去ることがない。
2、苦はこの世のものであり、無常であるから、滅することができる。


この記事へのコメント

toshi
2018年06月28日 07:30
 ワン爺様 やっと第1章が終わりましたね。「長丁場」ですので、マイペースで進んで下さい。
・・・「人と世の真実の偈(教え)」は、まことに心に響きます。