ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第2章 愛欲 第5偈、第6偈

5、6 鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)を聖者たちは堅固な縛(いましめ)とは呼ばない。心が愛欲に染まり愚鈍な人が、妻や子にひかれること、___これが堅固な縛であると呼ぶ。それはあらゆる点で極めて堅固であって、脱れ難い。かれらはこれをさえも断ち切って、顧みること無く、欲楽をすてて、遍歴修行する。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*ワン爺のコメント
ダンマパダ345偈、346偈は次の通りで、ほぼ同じです。
「鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)を、思慮ある人々は堅固な縛(いましめ)とは呼ばない。宝石や耳環・腕輪をやたらに欲しがること、妻や子にひかれること、___それが堅固な縛であると、思慮ある人々は呼ぶ。それは低く垂れ、緩(ゆる)く見えるけれども、脱れ難い。かれらはこれをさえも断ち切って、顧みること無く、欲楽をすてて、遍歴修行する。」

鉄や木材や麻紐でつくられた枷(かせ)と妻や子にひかれることの違いは何なのでしょうか?
前者は自分が望まない枷です。しかし、後者は多くの場合、それを枷とは思われていないものです。それどころか自分が望んで枷に捕獲されているのです。

ダンマパダ345偈、346偈については、次のアドレスで解説しました。興味のある方は参照して下さい。
http://76263383.at.webry.info/201007/article_1.html

http://76263383.at.webry.info/200908/article_29.html

http://76263383.at.webry.info/200810/article_20.html

この記事へのコメント

toshi
2018年07月02日 07:47
 原始仏典に説かれる「愛(あい)」は、「愛執(あいしゅう)」・「執着(しゅうちゃく)」・「妄執(もうしゅう)」・「煩悩(ぼんのう)」・「貪欲(とんよく)」・「渇愛(かつあい)」とも称され、修行者として克服しなければならない精神作用である。・・・『佛教語大辞典(縮刷版)』(中村元著)から少し引いてみる。・・・「③愛執。執着すること。愛着すること。④広くは、煩悩を意味し、狭くは、貪欲と同じに用いられる。渇愛とも漢訳される。渇きに喩えられる盲目的な衝動。妄執。渇きに似た激しい欲望。満足するまでやまない激しい欲望。⑨(男女の)愛。性愛。性的本能の衝動。相擁して離れがたく思う男女の愛。受縛から生ずる愛情。愛欲。」・・・。