感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 14偈

14 ひとは、恐怖のゆえに、優れた人のことばを恕す。ひとは、争いたくないから、同輩のことばを恕す。しかし自分よりも劣った者のことばを恕す人がおれば、それを聖者らは、この世における<最上の忍耐>と呼ぶ。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

はじめに、「恕す」の意味を調べておきましょう。恕す=恕するです。goo辞書には「思いやりの心で罪や過ちを許す。」と書いてありました。ですから、単なる「許す」とは違います。

「優れた人のことばを恕す」は、偈にもありますように、恐怖ゆえなのです。これは自分のために相手のことばを容認しているのです。

「同輩のことばを恕す」は、争いたくないからという理由で、これも自分のために相手のことばを容認しているのです。

これらに対して、「自分よりも劣った者のことばを恕す」は、自分のために相手のことばを容認するのではありません。本当に相手を思いやって、相手のことばを容認しているのです。

ですから、それを聖者らは、この世における<最上の忍耐>と呼ぶのです。

すでに、この「第20章 怒り」の次の偈で「最上の忍耐」について述べられていました。同様の趣旨です。参考にしてください。

7 この人が力の有る者であっても、無力な人を耐え忍ぶならば、それを最上の忍耐と呼ぶ。弱い人に対しては、つねに(同情して)忍んでやらねばならぬ。

8 他の人々の主である人が弱い人々を忍んでやるならば、それを最上の忍耐と呼ぶ。弱い人に対しては、つねに(同情して)忍んでやらねばならぬ。

9 力のある人が、他人から謗られても忍ならば、それを最上の忍耐と呼ぶ。弱い人に対しては、つねに(同情して)忍んでやらねばならぬ。

SRKWブッダのホームページには次の「理法」が掲載されています。ぜひ参照してください。
【恕(じょ)すこと】
http://srkw-buddha.main.jp/rihou113.htm

【恕(じょ)すことと許すこととは違う】
http://srkw-buddha.main.jp/rihou113_sub.htm





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