感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第20章 怒り 17偈

17 心が静まり、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している人に、どうして怒りがあろうか? はっきりと知っている人に、怒りは存在しない。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

欲望と怒りは、快と不快によって起こります。快があるとき欲望が起こり、不快があるとき怒りが起こるのです。快と不快は、感官による接触にもとづいて起こります。このとき識別作用があると快と不快が現れるのです。識別作用の滅した人は、快と不快が現れませんから、欲望も怒りも起こらないのです。

「心が静まり、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している人」は、識別作用が滅した人なのです。ですから、怒りが存在しないのです。もちろん、欲望も存在しません。