感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第22章 学問 13偈

13 内を知らないが、外をはっきりと見て、外のほうの結果ばかりを見ている人は、実に音声に誘われる。

(テーラガーター471 内を知らないが、外をはっきりと見て、外のほうの結果ばかりを見ている人___それも音声に誘われる。) 

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

この偈もテーラガーター471とほぼ同一なので、ラクンタカ・バッディヤ長老の作と考えてよいでしょう。

この長老は妄執(渇愛)を根こそぎ抜いているので、内といえばそのことを意味します。ですから、「内を知らない」は、この長老が解脱していることを知らないということです。

「外をはっきりと見て、外のほうの結果ばかりを見ている人」は、この長老の外観、つまり容姿や音声ばかり見ている、気にしているということです。

このような人は、「それも音声に誘われる。」、すなわち、12偈で述べられているように、貪欲や情欲に支配されているのです。






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