#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 17偈〜19偈

17 つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに迷うが、明らかに知る人々はそれに執著しない。  

17A つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、賢者はそれに対する執著を離れる。

18 つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺する。___老いた牛がぬかるみの泥にはまり込んだように。

19 つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに迷うが、賢者はそれに執著しない。

(ダンマパダ171 さあ、この世の中を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、心ある人はそれに執著しない。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「つねにこの身体を見よ。」とありますが、なぜでしょうか?

この身体がこのようにあるのは多くの因縁の結果なのです。父と母がいて、多くの人のおかげで、このように生きています。その過程で多くのことがありました。その結果としてこの身体があるのです。

今回の偈では、「王者の車のように美麗である。」と表現されていますが、昨日掲載した16偈では、「身体は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。身体はかげろうのごとしと見よ。」と表現されていました。身体は美麗であっても、泡沫やかげろうのように消え去ってしまうのです。

愚者は身体に対してあれこれ期待し、悩みますが、賢者はそれに対する執著を離れるのです。