#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第28章 悪 9偈



9 汚れの無い人、つねに清くて咎のない人、を汚す者がいるならば、そのわざわいは、かえってその浅はかな人に戻って来る。風にさからって細(こまか)い塵を投げると、(その人にもどって来る)ようなものである。 

(ダンマパダ125 汚(けが)れの無い人、清くて咎(とが)のない人をそこなう者がいるならば、そのわざわいは、かえってその浅はかな人に至る。風にさからって細かい塵を投げると、(その人にもどって来る)ように。)

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

汚れのない人は、他人がどのように言おうと、そのことによって汚されることはありません。しかし、他人の挑発や誘惑によって、自分が汚れることはあります。そのようなことがないように各自注意しなければなりません。

そのことを前提に、他人を汚す者は、そのわざわいは汚す者に戻ってくることを知らなければなりません。

なぜ、このようなことが起きるのかと言えば、どんな人間にも、自覚があろうが無かろうが、良心があるということです。その良心が他人を汚す者を罰するのです。

その証拠は、他人を汚す時、その人の心は幸せではないのです。他人を汚して微笑む者はその人の心が喜んでいる訳ではなく、その人の心に潜む悪魔が微笑んでいるのです。