#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第28章 悪 10偈

10 人が何をしようとも、その報いが自分に起こるのを見る。善いことを行った人は良い報いを見、悪いことを行った人は悪い報いを見る。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

この偈を単純な因果法則と考えないほうがよいのです。なぜならば、悪いことをしても、始めは悪い報いが現れず、良いことが現れるように見える場合が多々あるからです。

その逆に見える場合もあります。善いことをしたのに、良い報いが現れないと思えることも多いからです。少しこの場合を考えてみますと、時間がしばらくたってから良いことが現れることもありますが、その前に、自分は善いことをしたと考えても、実はそれは善いことでない場合もあります。相手の人には迷惑であったのかもしれません。その場合はむしろ悪いことをしたのです。

この世の中のことは、因縁の法則に従うと考えたほうがよいのです。

このことに関して、SRKWブッダの理法【偶然ではない】を引用します。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou292.htm

(以下引用)

【偶然ではない】

この世には、何一つ偶然はない。人々(衆生)にとっても、修行者にとっても、覚者にとってもそうである。

そのときに誰かと出会ったのは、まさにそのときでなければならないからなのである。それを覚りの機縁とする人もあれば、それを無為にやり過ごしてしまう者もある。

気をつけている人が、その機縁を正しく機縁と為す。 ことに臨んだそのときが、この世においていつでも生じ得るの理由は、気をつけている人があるからである。 つまり、まるで偶然に見えて、実は偶然ではないのである。

こころある人は、それ以前のことも、それ以後のことも考えず、ただ目の前のことだけを考える。そこに偉大なる智慧が出現する。その刹那に、一切の心の動揺を静めて、定を為す人があるからである。

(以上引用)

昨日は、新天皇陛下の即位礼正殿の儀でした。朝から雨でしたが、式の時刻には晴れ、光がさし、大きな虹が現れました。これは新しい時代に始まりです。令和元年には新しい如来が4人あらわれました。これは偶然ではないのです。