#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第33章 バラモン 3偈

3 或る修行者・バラモンたちは、迷いの生存のうちに執著していて、煩悩の汚れを滅ぼすに至らないうちに、途中で没落してしまう。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「第33章 バラモン」のはじめに、「バラモンとはインドにあるカースト制で最上の階級を意味します。しかし、釈尊はインドの伝統的なバラモンではなく、最高の階級に相応しい人々をバラモンと呼ぶと宣言したのです。ですから、仏教においては、バラモンと呼ばれる人々は阿羅漢であるべきなのです。」と説明しました。

しかし、3偈における「バラモン」の意味は、そうではなく、インドにあるカースト制で最上の階級の人たちであることは、文脈からわかります。

「迷いの生存」については、第32章34偈で、「苦しみの原因がわかっていない無知な生き方です。それに執著し、それを楽しみ、それを喜んでいる生き方です。」と説明しました。
https://76263383.at.webry.info/202004/article_10.html

迷いの生存のうちに執著していることが煩悩なのです。それでは、当然煩悩の汚れはなくすことはできません。





この記事へのコメント

自分
2020年05月08日 20:14
誰かを生かす。

赤ちゃんを生かす。

小学生を生かす。

大人が赤ちゃん、小学生を生かす。

必ず生かされた故の結果大人の貴方が存在する

生かされなく、大人に成長するものはいない、したものはいない。

赤ちゃんは自らの力で生きては行けない。

大人は何をすべきか。

それは、当然、自分では生きて行けない人を生かす

迷ってなんかいられない

自分で生きて行けない人はいる

自分はそのことを日常で行ってます。その為に生きてます。大人ですから。

実を行いつつ

その人が死ねる人に至るように気づかせようと、機縁に真に理解出来るように教えてます。

それまでは自分で生きて行けない人をこれまで通り実を持って生かします。

迷いのない生き方です

自分の
自分
2020年05月08日 20:23
自分が仕事をしているのは自分で稼いだ金で、自分で稼げない生きて行けない人を生かす為です。なぜ自分で生きて行けない人を生かすのか。その人が死ねないからです。死ねるようになるまで、自分はその人を生かします。死ねるように教えます。楽に生きれるように
自分
2020年05月08日 20:33
迷いの生存があってはならない

貴方は死にたくなかった生きたかった。

それを見て誰かが生かした

迷ってなんかいられない

死にたくない、生きたい。でも死にそうな人を懸命に生かし、死ねるように教える。楽に生きられるように