SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】◇ 遠離論

(以下引用)

【善き談論】 ◇ 遠離論

世には、厭離すべきものが四つある。
これらに近づいてしまうのでは、修行はままならない。
人生の甘美なものには危険があると知って、こころある人は厭離すべきである。

 ・ 修行ということにとらわれてしまうという避けるべきことを避ける

 ・ 自分の身に起きた異常な体験を人々に吹聴するという恥じるべきことを恥じる

 ・ 迷妄と妄執とに浸りきって、それらから抜け出せないでいるという畏れるべきことを畏れる

 ・ 正しい道を外れた獣の如き人々と心ならずも付き合ってしまうという遠ざけるべきことを遠ざける

(以上引用)


*法津如来のコメント

私は、2015年15年17日に、スッタニパータ1065偈の解説のなかで遠離について述べていますので、それを引用します。
https://76263383.at.webry.info/201510/article_17.html

(以下引用)

○少年少女のためのスッタニパータ<1065>
・・・
みんなと一緒にお話したり、
騒いだりするから楽しいのに
なぜドータカさんは
一人でいることを望むのだろう。


第5 彼岸に到る道の章 6.ドータカ経(ドータカ学生の問い)5.

○中村元先生訳
1065
「バラモンさま。慈悲を垂れて、
(この世の苦悩から)遠ざかり離れる理法を教えてください。わたくしはそれを認識したいのです。
わたくしは、虚空のように、乱され濁ることなしに、
この世において静まり、依りすがることなく行きましょう。」


○正田大観先生訳
1072.(1065) 
〔尊者ドータカが言った〕
「梵〔天〕(ブッダ)よ、慈悲ある者として、教えてください――
わたしが識知しなければならない、〔まさに〕その、遠離の法(教え)を。
すなわち、わたしが、虚空のように、〔他に〕害を加えることなく、
まさしく、この〔世において〕、寂静なる者として、依存なき者として、行じおこなうべく」〔と〕。(5)


○パーリ語原文
1071.
アヌサーサ    ブラフメー     カルナーヤマーノー
‘‘Anusāsa     brahme       karuṇāyamāno,
教えて下さい   梵天よ       憐れんで

ウィウェーカダンマン    ヤマハン     ウィジャンニャン
vivekadhammaṃ      yamahaṃ     vijaññaṃ;
遠離の法を         それを・私は   知って

ヤターハン      アーカーソーワ    アビャーパッジャマーノ
Yathāhaṃ       ākāsova        abyāpajjamāno,
そのように・私は   大空のように     妨げられずに

イデーワ     サントー    アスィトー      チャレッヤン
idheva       santo      asito         careyyaṃ’’.
ままさにここに  静まり     依存することなく  行けますように


○一口メモ
この偈ではドータカ学生がブッダに「遠離の法」を教えて下さいと頼んでいるのです。遠離の法を中村先生は「(この世の苦悩から)遠ざかり離れる理法」と訳されています。ただこの偈をよく読みますと、ドータカ学生は、遠離の法について一応のイメージを持っていることが解ります。

大空のように何ものにも妨げられることないこと、すなわち静かな場所で他人に邪魔されないように一人でいることです。次は、静かな心でいることです。更に何ものにも依存しないで修行・生活することです。これらを実践できるためには、どうしたらよいかブッダに尋ねているのです。以上三つのことを後に、身離、心離、依遠離の三離としてまとめられています。

この偈にそって以上考えてみましたが、このような考え方は世間の常識から離れていることを始めに理解しておかなければよく分からないことなのです。世間では、一人孤独でいることは寂しく避けるべきことであり、一人静かにいるよりは、多くの人々とワイワイ、ガヤガヤ騒ぐことが楽しいと考えているのですから。この世の苦悩は人々と集合するからだと解っていないと遠離の法を求める気にならないのです。


ブッダ様 遠離の法を 説いてくれ 一人静かに 行じるために<1065>

(以上引用)


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