SRKWブッダ著「仏道の真実++」【解脱知見】(2)

(以下引用)

【解脱知見】(2)

では、解脱知見の真実とはいかなるものなのであろうか。それを説明したい。

智慧の輪に取り組んで解いたことがある人は知っているであろうが、智慧の輪には何一つヒントは与えられていない。また、正解手順が開示されることもない。それでも、正しく智慧の輪を解いた人は、自分が間違いなくその智慧の輪を解いたのだと分かるのである。彼は、自分が解いたその手順が唯一無二のものであってそれ以外の方法によって智慧の輪を解くことはあり得ないことを完全に、正しく理解している。また、自分がそれまでなぜその智慧の輪が解けなかったのであるかという理由も承知している。そして、その智慧の輪が「智慧の輪」と呼ぶに相応しいものであったと納得しているに違いない。このような経緯を経て、その智慧の輪は彼の宝となっている筈である。

さて、智慧の輪を解いたときと同様に、慧解脱したときにも幾つかのはっきりとした知見を生じる。その基本的なものが、三種の明智である。

漏尽通:自分が、間違いなく覚りの境地に至ったのだということを如実に知ることを漏尽通と言う。自分の行為がすべて智慧で埋め尽くされていて漏れがないゆえに、漏尽通と呼ぶのである。たとえば、人が赤色が何か分かるようになったとき、世のすべての赤色を漏らさず認識できるようになったことを知るようなものである。そして、この漏尽通が解脱知見の主要部分である。

宿命通:自分にとっての善知識が誰であったのかを如実に知ることを宿命通と言う。つまり、自分が覚りの境地に至る際に認知した「法の句」を誰が発したかについてはっきりと思い出し、認知し、その人とは確かな宿命(因縁)があったのだと後追いで知るのである。ゆえに、これを宿命通と呼ぶのである。

天眼通:世の何を見ても目を背けるべき対象が何一つ無くなったことを実感することを天眼通と言う。すなわち、人々(衆生)は好き嫌いの想いを抱くゆえに対象物を公平・平等に見ることができずにいるのであるが、覚者は好き嫌いの想いが消滅するゆえにすべてのものを公平・平等に毛嫌いすることなく見つめることができるのである。何を目にしても好ましいもの(天界のもの)だけを見るという意味で天眼通と呼ばれる。

(以上引用)


*法津如来のコメント

三種の明智(漏尽通、宿命通、天眼通)の通説とSRKWブッダの解釈とは多少異なります。しかし、私はこの解釈の方がより合理的であると始めから喜んでを受け入れました。

漏尽通の通説:あらゆる煩悩を滅し尽くすことのできる智慧

宿命通の通説:自己および他人の前世のことを知ることのできる智慧

天眼通の通説:天人の眼のように肉眼で見えない遠い所や微小な物をみることができる智慧


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