「無分別智(その37)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その37。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[清浄ならしめる]

無分別智は、少なくともそのことについて、自分のみならず相手をも清浄ならしめるものです。 

無分別智が顕れたとき、自ら三毒(貪嗔痴)を解毒するとともに、相手をして三毒から解離する(捨てせしめる)働きを為すからです。 

聡明なる人は、それを目撃したとき、その清浄さを直ちに理解してこころ打たれることでしょう。


*法津如来のコメント

これも具体例があれば、よくわかるでしょう。

少年たちが広場でボールの取り合う遊びをやっていました。

ある少年が他の少年を誤って怪我をさせてしまいました。

そうしたら、他の少年たちは怪我をさせた少年を非難したのです。

ところが、怪我をした少年は、

「みんな、彼を責めないで。彼はわざとやったのではないし、僕は大丈夫だから。」と言ったのです。

それで、またみんなで仲良く遊び始めました。

怪我をした少年には怒りの心はなかったのです。

それよりは、非難された少年がかわいそうだと思ったのです。

怪我をさせてしまった少年の心は、彼の言葉で救われて、清浄になったはずです。

また他の少年のなかには、怪我をした少年の心の清浄さを直ちに理解してこころ打たれたでしょう。

怪我した少年に、そのとき無分別智が顕れたのでした。