石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その3)」

誰もが、このコロナ騒動に「煩う毎日」の渦中にいる日本人、一日も早い終息が待たれます。終息を願うが故に、PCR検査を受けたくなったりコロナワクチン接種に傾きます。
PCR検査が正確無比で、コロナウィルスが死の病なら受ける意味も必要性もありますが、私の学ぶ限り検査自体信頼できないもので「擬陽性」が多く、病状も無症状・軽症者が多い病気の特徴を考えたら自分自身の免疫力を信じるべきです。

(以下、PCR検査関係の記事引用)
「新型コロナのPCR検査は、検査対象者の咽頭から拭い取った体液に含まれている遺伝子類を何回も増幅して人工的に増やし、染色して可視化するが、この増幅をやりすぎると、無関係な「ノイズ」をコロナウイルスの遺伝子と誤判断する「偽陽性」が多発する。
何気なく撮った空の写真を大幅に拡大したら画像のノイズがUFOに見えてしまって大騒ぎするのと似ている。「闇夜の枯れすすき」である。

米政府のコロナ政策の責任者である、アンソニー・ファウチCDC所長は昨年7月に「増幅度が35サイクル(2の35乗=344億倍)を超えるPCR検査は(誤判断=偽陽性が多すぎて)無意味だ」と発言したが、日本や米国の多くのPCR検査は増幅度が40サイクルだ。
英国政府が昨年3月に作った新型コロナのPCR検査のマニュアルでは、増幅度が45サイクルになっている。」(以上、「田中宇の国際ニュース解説」から引用)
万一、PCR検査で陽性判定が出ると入院となり、濃密な(過剰な?)治療を受け強力な薬剤を使用することによる、サイトカインストームが起こることも考えられます。
サイトカインストームとは、「薬剤が免疫関連細胞である単球、マクロファージと結合することにより、T細胞が活性化してサイトカインを放出することでこの症状は起きます。」(国際幹細胞普及機構「コロナの怖さ、サイトカインストーム(免疫システムの暴走)とは?」から引用)

今のマスコミを見ていると、国民を煽ることにより視聴率を稼ぐテレビや、購読者を増やす意図をもつ新聞・雑誌、ワクチンなどの薬剤を売る製薬会社などが結託しているのではと疑いたくなります。

たしかに報道により、救われる命もあるかも知れませんが、それ以上に経済的損失に起因する失業・倒産・自殺が増えています。まさに未曾有の一大事ですが、マスコミの報道は一方方向で「日本人は免疫で守られていて大丈夫です」などという意見は全く聞かれません。

報道は完全に偏向しており、どちらか一方に偏る報道は国民に考える隙を与えないという意味で危険といえます。

何より怖いのは、コロナワクチンの副反応です。これは、数年から数十年単位で見なければ分かりません。安全性も有効性も実証されていませんから、このままでは人体実験に利用される怖れがあります。自分なりに、学ばれることをお勧めします。
この記事の連載は、(その3)で終了です。

参考動画の紹介

1、名古屋から日本を救う。
https://www.youtube.com/watch?v=wT_aToNwT14
高橋徳先生 ウイスコンシン医科大学 名誉教授

2、世界医師連盟に属する33名の医師の訴え。
https://www.bitchute.com/video/4nZ7mCblGjwf/

3、社長のメンター・坂上仁志氏
https://www.youtube.com/watch?v=gekKiajyIZs
コロナワクチンの真実 接種すると副作用があるのか? 


*法津如来のコメント

本日、2回目のブログ更新です。

今朝石法如来から寄稿原稿頂きました。
通常は翌日に原稿を掲載していますが、少しでも早く皆様にお知らせした方がよいとの判断で、本日掲載しました。
是非、参考動画もご覧になってください。


「無分別智(その50)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その51。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[熱望すべきもの]

熱意をもってしては得られないもの。 

それが無分別智です。 

無分別智は、生まれながらにせよ後天的要素を含むにせよ、正しく熱望する人にのみ顕現するものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

無分別智の説明の最後になります。

残すは「補足説明」のみになりました。

ここでは、熱望と熱意の違いについて知る必要があります。

熱望については、SRKWブッダはホームページの理法「熱望」で熱く語っておられます。是非参照してください。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou025.htm

さて、このブログでは、別の説明をします。

熱意は空回りします。熱意は上から出てくるものだからです。

熱望は空回りしません。それは心の底から現れてくるものだからです。

無分別智は、心の底のもっと底から現れくるものなのです。