石法如来の特別寄稿:私が出会った偉人たち。(その2)

阿含宗の桐山管長は、書(執筆)いて良し話して(法話)良しのオールラウンド宗教家でカリスマ性の塊のような人物です。
私も、7年ほど阿含宗に在籍し仏教とは何か?宗教とは何か?を一から教えて頂きました。ゴータマ・ブッダの教法に最も近いと言われる『阿含経』の存在を知ったのも、桐山氏の広報活動のお陰です。
 
桐山氏が、著書や法話で阿含経を広めていなかったら、それ(阿含経)に出会えていたかどうか分かりません。その意味では、仏教上の恩師と言えなくもないのです。
 
最後は、SRKW(白川)ブッダです。・・・私が、SRKWブッダの存在を知ったのは相当遅く、2017年7月にワンギーサ先生(法津如来)とメールのやり取りを始めて以降の話です。
それまで、全くその様な人物の存在を知りませんでした。大体、「覚った人がこの世に存在する」こと自体考えたことがありませんでした。
 
当時、私自身の見解はゴータマ・ブッダこそ覚った人であり、尊敬すべき人であり教えを聞くべき人であると考えておりましたから、それ以外は想定外で考えた事すらなかったのです。
 
初めて、ワンギーサ先生(法津如来)にSRKWブッダの存在を耳にしたのですが、最初は全く信用しませんでした。それは、完全な「眉唾(まゆつば)」であり自分自身そう名乗ること自体怪しいと考えました。
当時、さらりとSRKWブッダの書かれた文章を読んでも理解力の欠如+信じる気持ちゼロで、全く身に付かず「よく分からない・嘘だろう・文書では何とでも書ける」というくらいの認識でした。
 
今振り返れば、自分自身ゴータマ・ブッダの説かれたという経典を信じ、その教えに囚われすぎていたのです。当時、ワンギーサ先生(法津如来)は本当に、忍耐をもって懇切丁寧に対応して下さいました。
その後、電子版の『覚りの境地』を購入し読み進めるうち一気に視界が広がり、直接本人(SRKWブッダ)とスカイプで会話し衝撃を受けました。
 
私の受けた衝撃というのは、「この世のものとは思えない雰囲気」に出会ったことに尽きます。・・・それまでの人生で、誰一人感じたことの無い(別次元の)雰囲気を感じたのです。
その時、何を話したか忘れましたが異空間?の不思議な感触は暫く残り、その頃からSRKWブッダの教えも理解出来るようになり、自ずと「間違いなく覚りを得た人物である」と確信するようになりました。
 
SRKWブッダの凄いところは、当然ですが「仏として生きている」という点に尽きます。仏として生きるとは、何をもって表されているかというとそれは生活全般においてです。
何より、「仏は職業を持つことができない」訳ですから、生活も当然質素なものになります。
 
その辺りのことを『覚りの境地』(2019改訂版)に「もし出現した仏が家族持ちであれば、仏とその家族が生活していくのに困らないだけの最小限度の過不足のない経済活動が行え、かれらが楽しく豊かに生きていける世の中になるように社会構造が対応変化する。」(同本・24頁から引用)と。
 
文章にしたら、とても短くそれがどれほど意味深いものであるか見逃されそうな内容ですが、そこに仏の生活の全てが表現されています。
私の場合は、61歳まで生活のために職業人として仕事に従事・専念し、自分・家族を養ってきましたが仏になれば「社会構造が対応変化して最小限度生活に困らないで生きていける」などと、考えたことも想定したもありませんでした。
 
SRKWブッダは、2001年12月の覚りを得た時点から「そのように生きて来た」ことに讃歎の声を上げざるを得ません。
それは、「言うは易く行うは難し」そのものだからです(本人は、自然に生きているのですが)。・・・世を見渡せば、世人はみな「物を集め・人を集め・お金を集め」ることに執心しています。
 
きらびやかに着飾り、名誉を求め・地位を求め・お金を求める。その様な人間が、どれだけこの世界にはびこり世間を汚れたものにしているかと言うことです。
その汚れた世界から厭離するには、自らの生活そのものを清らかなものにするしかありません。「仏として生きる」ことは、仏でなければ出来ない生き方なのです。


*法津如来のコメント

ここに、石法如来の本当に言いたいことが書かれています。

次回の特別寄稿が楽しみです。


 

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この記事へのコメント

ごとう
2021年10月02日 05:44
いつもより1時間早く目が覚めました。
起きてすぐにTwitterを開くと、この記事がTwitterに投稿されて55秒後でした。
寝ぼけ眼で読みましたが、水が脱脂綿にじんわり広がっていくように、心に沁みました。
3回目も楽しみにしています。