経済問題を考える必要性はどこにあるのでしょうか?

普通、子供のうちは親が面倒をみてくれますから、衣食住の心配はしなくてもよいのです。

しかし、大人になると、何を着て、どこに住み、いかに食物を得るかが大きな問題になります。

大人になるということは、経済の心配をするようになるということでもあります。

これが、従来の普通の考え方です。

しかし、これは本当のことでしょうか?

・・・・・

れいわ新選組の山本太郎さんは「何があっても、心配しないでよい国を作りたい」と言っています。

これは、大人でも、老人でも、病人でも、働けない人でも、何も心配しなくてよいということです。

そんなことができるのでしょうか?

それには、経済について知らなければ、答えられません。

本当は、できるはずなのです。

地球上に生まれた人間以外の生物はそのように生きているのですから、

ましてや人間ができないはずはないのです。

約2500年のインドで、それをできているとゴータマ・ブッダは言っていました。

私は過去のブログ記事で説明しました。
https://76263383.at.webry.info/201304/article_19.html


「わたしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている。

マヒー河の岸のほとりに一夜の宿りをなす。

わが小舎(すなわち自身)はあばかれ、(欲情の)火は消えた。

神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」(岩波文庫「ブッダのことば」中村元訳)