#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第32章 修行僧 76偈

76 五つの覆いを捨てて、汚れなく、疑いを断ち、煩悩の矢を離れて、修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

スッタニパータ17は次の偈です。それを引用します。
https://76263383.at.webry.info/201304/article_17.html

五つの蓋いを捨て、悩みなく、疑惑を越え、苦悩の矢を抜き去られた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


「五つの覆い」とは、岩波文庫「ブッダのことば」の注には、「漢訳仏典では『五蓋』と訳される。貪欲と、いかりと、こころのしずむことと、こころのそわそわすることと、疑いとをいう。」と記されています。

瞑想をすると、貪欲、いかり、こころのしずむこと、こころのそわそわすること、疑いの心などが静まって、心が落ち着いて、爽やか気持ちになります。これは決して悪いことではなく、善いことです。

しかし、注意すべきは、瞑想をやめて、日常生活に戻ると、いろいろな外部刺激によって、貪欲、いかり、こころのしずむこと、こころのそわそわすること、疑いの心などが戻ってくるのです。

日常生活においても、心が落ち着いて、爽やか気持ちで生活するためには、五蓋の根を抜き取らなければなりません。それには、覚りの智慧が必要なのです。



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