SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その1)】(4)

(以下引用)

【女性の修行(その1)】(4)

 ◇ 好きなことをしてしあわせに到達

「好きなことだけしていても、幸せにはなれない。」

世間の人々は、そのように思い込んでいるかのようである。しかしながら、ある種の人々は、衆生でありながらこれをほぼ達成している場合がある。例えば、芸術家やスポーツ選手、知識人や趣味人と呼ばれる人々などである。また、生業が大好きという人もこの範疇に入るであろう。

ただし、彼らの感じている幸せは殆い基盤の上に成り立っているものに過ぎない。実際、生活環境や健康状態の悪化、自身の性向や友人関係の変化、圧倒的なライバルの出現、年齢的なもの、社会的な善悪の判断の変遷などによってその幸福感は簡単に崩壊してしまうだろう。

さて、本書でしあわせというのはニルヴァーナのことを指している。そして、このニルヴァーナは、一度達すればそのしあわせが決して失われたり損なわれたりすることのないものである。ニルヴァーナは、虚妄ならざるものであり、しかも不滅の安らぎであると知られるからである。

問題は、好きなことをしてニルヴァーナに到達できるのであるかということであろう。

その問いに答える前に、先ずニルヴァーナに至る道について述べたい。有り体に言えば、ニルヴァーナに至る道は楽しみと栄えとともに歩むものである。したがって、それが好きなことであるならば首記の願いはもちろん叶えられることになろう。

次に問われるべきことは、仏道を歩むことが楽しく感じられない場合にどうなるのかということであろう。結論を言えば、こればかりはどうしようもないということになる。要するに、これは仏道を歩むには時期早尚であると考えざるを得ない状態である。このような場合、しばらく他のことで気を紛らし、時期を見て歩みを再開すれば良いであろう。

最後に問われるべきことは、仏道を歩む以外のことがらが大好きな場合についてである。もちろん、その先にしあわせの境地が存在するのであるならば、それで良いことになろう。しかしながら、それは不可能である。何となれば、仏道以外のことがらによってニルヴァーナに到達することはできないからである。

まとめれば、次のようになるであろう。

「好きなことをしてしあわせに到達することは可能である。ただし、その好きなことが仏道を歩むことでなければならない。」

(以上引用)


*法津如来のコメント

この引用文を簡単に要約してみましょう。

・・・

「好きなことだけしていても、幸せにはなれない。」と世間の人々は思っているようです。しかし、世間には芸術家やスポーツ選手など、好きなことだけして、この目的を達しているような人々がいるいます。

これらの人々の幸せは完全とは言えず、場合によってはそれが崩れ去ってしまう場合があります。

本書での幸せはニルヴァーナのことを指しています。このニルヴァーナは、一度達すればそのしあわせが決して失われたり損なわれたりすることのないものです。

問題は、好きなことをしてニルヴァーナに到達できるのであるかです。

ニルヴァーナに至る道は楽しみと栄えとともに歩むものです。

ここで問題になるのは、仏道を歩むことが楽しく感じられない場合にどうなるのかです。そのときは、時期早尚であると見て、しばらく他のことで気を紛らし、時期を見て歩みを再開すれば良いでしょう。

仏道を歩む以外のことがらが大好きな場合、その先に幸せの境地が存在するのであるならば、それで良いのですが、それは不可能です。仏道以外のことがらによってニルヴァーナに到達することはできないからです。

結論、「好きなことをしてしあわせに到達することは可能である。ただし、その好きなことが仏道を歩むことでなければならない。」です。

・・・
あまりコンパクトに要約できませんでした。



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