黙っても 語っていても 適度でも この世の中は 非難するのだ(227)及び(228)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。

黙っても 語っていても 適度でも この世の中は 非難するのだ(227)
現在も 過去も未来も いないもの 非難か賞賛 されるのみの人(228)

本日はサーバーの都合で、更新が遅くなりました、慎んでお詫び申し上げます。
ワンギーサ

○子供のためのダンマパダ

非難されない人はいない
黙っていても、多く話しても
てきとうに話しても
誰かに非難されます

非難されるだけ
誉められるだけ
そんな人はいませんよ
過去も未来も現在も


○パーリ語原文と訳語

ポーラーナメータン  アトゥラ 
Porāṇametaṃ     atula,
古くからこれは    アトゥラよ

ネータン    アッジャタナーミワ
netaṃ      ajjatanāmiva;
ない これは  今(だけ)のこと(では)

ニンダンティ  トゥンヒマーシーナン 
Nindanti     tuṇhimāsīnaṃ,
非難する     沈黙して坐す者を

ニンダンティ  バフバーニナン
nindanti    bahubhāṇinaṃ;
非難する    多く語る者を

ミタバーニンピ  ニンダンティ
Mitabhāṇimpi   nindanti,
適量語る者を   非難する
 
ナッティ ローケー  アニンディトー
natthi   loke    anindito.
いない  世に    非難されない人(227)


ナ   チャーフ   ナ  チャ  バウィッサティ
Na   cāhu     na   ca   bhavissati,
否定  また肯定   ない また  だろう

ナ   チェタラヒ   ウィジャティ
na   cetarahi     vijjati;
ない  また現在にも  見出さ

エーカンタン  ニンディトー  ポーソー
Ekantaṃ    nindito      poso,
一方的に    非難される   人は

エカンタン ワー   パサンスィトー
ekantaṃ   vā    pasaṃsito.
一方的に  または  称賛される人は(228)


○直訳
古くからこれは、アトゥラよ
これは今だけのことではない
沈黙して坐す者を非難する
多く語る者を非難する
適量語る者を非難する
世に非難さない人はいない(227)

(一方的な)否定また肯定は将来もないだろう
また現在にも見出さない
一方的に非難される人は
または一方的に称賛される人は(228)


○意訳
アトゥラよ、これは昔からである
これは今始まってことではない
黙して座っても非難され
多く語っても非難され
適量語っても非難される
この世に非難されない人はいない(227)

過去も未来もいない
現在もいない
ひたすら非難される人はいない
ひたすら賞賛される人はいない(228)


○一口メモ
これはダンパダの中では珍しい詩で、人の名前が出てきます。アトゥラという信者さんの名前です。アトゥラさんは少しわがままなのです。黙っている人とはレーヴァタ長老です。長く話す人とはサーリプッタ長老です。そして、適量話したのはアーナンダ長老です。アトゥラさんはこれらの偉大な長老方を非難して、ブッダの所に言いつけにいった時の話なのです。

ブッダは、アトゥラさんを少しなだめているのでしょうか。でも「お前のように言うと世の中には非難されない人はいないのだ。」と教えています。しかし、「お前のように言う人は今だけでなく、昔からそうだったし、これからもそうだろう。今お前が非難しているように。」とあきれているのでしょうか。嘆いているのでしょうか。ブッダの気持ちはよくわかりませんが、やはり憐れみの気持ちでしょう。

この詩の教訓は、過去も将来も現在も、何をしても非難されるのだから、非難されたからと言って、もちろん、怒ってはいけませんが、めげる必要がないということです。非難されるのが普通だから、「だから何」という気持ちでいればよいということでしょう。

非難されても、「だから何」で済みますが、もうひとひねりすると頭がよくなります。非難する人を笑わせる手はないか考えてみるのです。考えると言っても、即座に対応しなければ、怒っている人はどこかに行ってしまいます。一休さんのような頓智が必要でしょう。「屏風の絵のトラを生け捕りにせよ」と殿様に言われたら、綱を用意して、「さあ、殿様、屏風のトラを追い出して下さい」というような。

皆さん、話の長さに文句を言う人をどのように笑わせることができるでしょうか、時間をかけてもいいですから考えて下さい。以前このブログによくコメントをしてくれた「もくぎょさん」ならば、何かよい案を考えてくれると思いますがょが。


黙っても 語っていても 適度でも この世の中は 非難するのだ(227)

現在も 過去も未来も いないもの 非難か賞賛 されるのみの人(228)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200808/article_1.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_17.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_23.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。
記事内容の改善の参考にしたいと思っています。

"黙っても 語っていても 適度でも この世の中は 非難するのだ(227)及び(228)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント