言葉での 怒りを押さえ 言葉での 悪行捨てて 善行を為せ(232)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

うそ、悪口、無駄話
これらは言葉でする悪いこと
正直、優しい言葉、必要な話
これらは言葉でする善いことです


○パーリ語原文と訳語

ワチーパコーパン  ラッケッヤ
Vacīpakopaṃ    rakkheyya,
言葉の激怒を    護るように

ワーチャーヤ  サンウトー   スィヤー
vācāya      saṃvuto    siyā;
言葉により   制御されて   あるように

ワチードゥッチャリタン  ヒトゥワー
Vacīduccaritaṃ       hitvā,
言葉の悪行を       捨てて

ワーチャーヤ  スチャリタン  チャレー
vācāya      sucaritaṃ   care.
言葉により   善行を     行うように


○直訳
言葉の激怒を護るように
言葉により制御されてあるように
言葉の悪行を捨てて
言葉により善行を行うように

○意訳
言葉での怒りを押さえるように
言葉を制御するように
言葉の悪行をしないように
言葉によって善行を行うように


○一口メモ
真理「無常・苦・無我」の苦とは無常であるもの、変化するもののある一点での状態であります。そこには「存在するものがある」と「存在するものがない」という矛盾(対立)があります。それが変化すると言うことです。この矛盾(対立)が苦なのです。ですから無常があるとき苦があるのです。

では今回の詩を苦=矛盾(対立)と言う観点から考察してみましょう。言葉は耳に入り脳に行き心に届きます。言葉と心の矛盾(対立)がうまれます。この場合は怒りであり、怒りは苦であり、矛盾(対立)であるのです。「言葉での怒りを抑えるように」とは、怒りを言葉で表現してしまわないようにということです。怒りを言葉で表現すると言葉による悪行になるのです。(言葉による悪行と善行は下にまとめておきます。)

「言葉を制御するように」は、言葉と心の矛盾(対立)を解消するようにすることです。この矛盾(対立)が解消されば、怒りは収まり、苦はなくなるのです。言葉を「音、音、音」とラベリング(実況中継)すること、これは言葉から意味を消すことによる、心との矛盾(対立)を解消する方法です。

あるいは、言葉と心の矛盾は心における自我が対立を作っていますから、心の自我を消すことです。これには自我などはないのだという理解(智慧)が必要です。これはまた明日の課題になります。

言葉よる悪行と善行について
1.嘘をつくことは悪行であるが、嘘をつかないことは善行である。
2.陰口を言うことは悪行であるが、陰口を言わないことは善行である。
3.暴言を吐くことは悪行であるが、暴言を吐かないことは善行である。
4.無駄話をすることは悪行であるが、無駄話をしないことは善行である。


言葉での 怒りを押さえ 言葉での 悪行捨てて 善行を為せ(232)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200808/article_2.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_18.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_24.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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