一つずつ 五つと五つ 克服し 執着捨てた 比丘は阿羅漢(370)
○子供のためのダンマパダ
・・・
なぞなぞです。
5と5を捨てて、
5の力をつけて、
5をクリアーした達人は
なんとよばれますか?
分からない人は
お坊さんに聞いて下さい。
○パーリ語原文と訳語
パンチャ チンデー パンチャ ジャヘー
Pañca chinde pañca jahe,
五つを 切れ 五つを 捨てよ
パンチャ チュッタリ バワイェー
pañca cuttari bhāvaye;
五つを また 更に 修習せよ
パンチャ サンガーティゴー ビック
Pañca saṅgātigo bhikkhu,
五つの 執着を超えた 比丘は
オガティンノー ティ ウッチャティ
oghatiṇṇo ti vuccati.
激流を渡った人 と 呼ばれる
○直訳
五つを切れ、五つを捨てよ
五つを更にまた修習せよ
五つの執着を超えた比丘は
激流を渡った人と呼ばれる
○意訳
有身見、疑、戒禁取、欲愛、激怒をなくせ
色貪、無色貪、慢、掉挙、無明をなくせ
信、精進、念、定、慧の力を育て
貪、瞋、痴、慢、見の執着を捨てた比丘は
すべての煩悩をなくした阿羅漢と呼ばれる
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年11月
*一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢
http://76263383.at.webry.info/200811/article_7.html
2009年9月
*一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢(370)
http://76263383.at.webry.info/200909/article_13.html
○一口メモ
「五つを切れ」の五つは「五下分結」と言われる。
1.有身見:永遠不滅の真我があるという誤解。
2.疑:俗世間のあらゆる概念のこと。疑を捨てることは、その概念を捨て、仏説たる因果法則が真理であることを発見すること。
3.戒禁取:無意味な苦行やあらゆる宗教儀式・儀礼。預流果を得ると、これらは解脱に至らない道だと分かる。
4.欲愛:性欲、美食、音楽への欲など、低次元の欲。
5.激怒:異常な怒り。
(詳しくは「初期仏教キーワード」150~152ページ参照)
「五つを捨てよ」の五つは「五上分結」と言われる。
6.色貪:色界に対する執着や欲望(色界禅定への執着。)
7.無色貪:無色界に対する執着や欲望(無色界禅定への執着)。
8.慢:他人と比べるという心の働き。増上慢、同等慢、卑下慢がある。
9.掉挙:落ち着きがなく、焦る性格のこと。
10.無明:あらゆる煩悩の源になる煩悩。煩悩の親玉。
(「初期仏教キーワード」150~153ページ参照)
「五つをさらに養成せよ」の五つは「五根」と言われる。
1.信根:事象を理性的な理解によって納得し、確信する能力のこと。
2.精進根:精進、努力できる能力。
3.念根:今の心が悪い心にならないように気づく能力。
4.定根:冥想の実践などで得られる精神の統一・集中の能力のこと。
5.慧根:真理を理解する能力のこと。ありのままに観ることができる能力のこと。
(「初期仏教キーワード」143~145ページ参照)
「五つの執着」は1.貪 2.瞋 3.痴 4.慢 5.見 です。
(「初期仏教キーワード」63、65、66ページ参照)
「暴流を渡った人」の暴流とは煩悩のこと、渡った人とは煩悩を克服した人のことです。この人は阿羅漢と言われ、完成な悟りを達成し、二度と輪廻することのない人です。
以上がこの詩の言葉の説明です。これを見ただけで、仏教は大変で、難しいと思われるかもしれません。確かに仏教は奥の深いもので、難しい面もあります。しかし、修行は一歩一歩です。一歩は難しくはないのです。一歩一歩進めばいいのです。
上の20の言葉の意味も正確に理解する方がよいのですが、文字だけで意味が分かるわけでもないのです。仏教は実践がなければ、意味がないのです。しかも実践は一遍にすべては出来ません。一歩一歩です。
上に書いた「五下分結」と「五上分結」に分類される10の煩悩を一つ一つなくし、10の煩悩を克服できれば修行は完成です。この10の煩悩を克服すると阿羅漢になります。
五根の養成から始めましょう。1.信根 2.精進根 3.念根 4.定根 5.慧根の養成です。
初めは信根の養成です。仏教の信根は、信仰ではありません。理解する能力です。何を理解するのか? 四聖諦と八正道です。これは何度もこのブログで述べてきたことです。既に仏教を勉強している方や仏教の修行をされている方は、それを確実に実践すればよいのです。また、このブログを読んで、ダンマパダの勉強することも役に立つと思います。(2008年11月の記事)
一つずつ 五つと五つ 克服し 執着捨てた 比丘は阿羅漢(370)
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
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なぞなぞです。
5と5を捨てて、
5の力をつけて、
5をクリアーした達人は
なんとよばれますか?
分からない人は
お坊さんに聞いて下さい。
○パーリ語原文と訳語
パンチャ チンデー パンチャ ジャヘー
Pañca chinde pañca jahe,
五つを 切れ 五つを 捨てよ
パンチャ チュッタリ バワイェー
pañca cuttari bhāvaye;
五つを また 更に 修習せよ
パンチャ サンガーティゴー ビック
Pañca saṅgātigo bhikkhu,
五つの 執着を超えた 比丘は
オガティンノー ティ ウッチャティ
oghatiṇṇo ti vuccati.
激流を渡った人 と 呼ばれる
○直訳
五つを切れ、五つを捨てよ
五つを更にまた修習せよ
五つの執着を超えた比丘は
激流を渡った人と呼ばれる
○意訳
有身見、疑、戒禁取、欲愛、激怒をなくせ
色貪、無色貪、慢、掉挙、無明をなくせ
信、精進、念、定、慧の力を育て
貪、瞋、痴、慢、見の執着を捨てた比丘は
すべての煩悩をなくした阿羅漢と呼ばれる
○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年11月
*一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢
http://76263383.at.webry.info/200811/article_7.html
2009年9月
*一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢(370)
http://76263383.at.webry.info/200909/article_13.html
○一口メモ
「五つを切れ」の五つは「五下分結」と言われる。
1.有身見:永遠不滅の真我があるという誤解。
2.疑:俗世間のあらゆる概念のこと。疑を捨てることは、その概念を捨て、仏説たる因果法則が真理であることを発見すること。
3.戒禁取:無意味な苦行やあらゆる宗教儀式・儀礼。預流果を得ると、これらは解脱に至らない道だと分かる。
4.欲愛:性欲、美食、音楽への欲など、低次元の欲。
5.激怒:異常な怒り。
(詳しくは「初期仏教キーワード」150~152ページ参照)
「五つを捨てよ」の五つは「五上分結」と言われる。
6.色貪:色界に対する執着や欲望(色界禅定への執着。)
7.無色貪:無色界に対する執着や欲望(無色界禅定への執着)。
8.慢:他人と比べるという心の働き。増上慢、同等慢、卑下慢がある。
9.掉挙:落ち着きがなく、焦る性格のこと。
10.無明:あらゆる煩悩の源になる煩悩。煩悩の親玉。
(「初期仏教キーワード」150~153ページ参照)
「五つをさらに養成せよ」の五つは「五根」と言われる。
1.信根:事象を理性的な理解によって納得し、確信する能力のこと。
2.精進根:精進、努力できる能力。
3.念根:今の心が悪い心にならないように気づく能力。
4.定根:冥想の実践などで得られる精神の統一・集中の能力のこと。
5.慧根:真理を理解する能力のこと。ありのままに観ることができる能力のこと。
(「初期仏教キーワード」143~145ページ参照)
「五つの執着」は1.貪 2.瞋 3.痴 4.慢 5.見 です。
(「初期仏教キーワード」63、65、66ページ参照)
「暴流を渡った人」の暴流とは煩悩のこと、渡った人とは煩悩を克服した人のことです。この人は阿羅漢と言われ、完成な悟りを達成し、二度と輪廻することのない人です。
以上がこの詩の言葉の説明です。これを見ただけで、仏教は大変で、難しいと思われるかもしれません。確かに仏教は奥の深いもので、難しい面もあります。しかし、修行は一歩一歩です。一歩は難しくはないのです。一歩一歩進めばいいのです。
上の20の言葉の意味も正確に理解する方がよいのですが、文字だけで意味が分かるわけでもないのです。仏教は実践がなければ、意味がないのです。しかも実践は一遍にすべては出来ません。一歩一歩です。
上に書いた「五下分結」と「五上分結」に分類される10の煩悩を一つ一つなくし、10の煩悩を克服できれば修行は完成です。この10の煩悩を克服すると阿羅漢になります。
五根の養成から始めましょう。1.信根 2.精進根 3.念根 4.定根 5.慧根の養成です。
初めは信根の養成です。仏教の信根は、信仰ではありません。理解する能力です。何を理解するのか? 四聖諦と八正道です。これは何度もこのブログで述べてきたことです。既に仏教を勉強している方や仏教の修行をされている方は、それを確実に実践すればよいのです。また、このブログを読んで、ダンマパダの勉強することも役に立つと思います。(2008年11月の記事)
一つずつ 五つと五つ 克服し 執着捨てた 比丘は阿羅漢(370)
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~お知らせ~~~~~
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朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
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