渇愛に 水を与えず 枯らすなら 執着捨てた 聖者と言える<209>

○少年少女のためのスッタニパータ209.
・・・
植物の種を植えても
水を与えなければ出た芽も枯れてしまう
そのように、感覚の反応に
水を与えなければ煩悩は枯れる。


209.第1 蛇の章 12.聖者の経 3.

○毎田周一先生訳
209(3)
物事が何に依つて成り立つかを注意深く考えて それの起つてくる元を打砕き
愛欲をそれ自身に任せないで その元を取り払う人
かういふ人が「静かな人」として 命の尽きる果(ハテ)を見
迷いを遠く離れて 物と対立せず 自分の道をゆくのである


○中村元先生訳
209
平安の境地、(煩悩の起こる)基礎を考究して、
そのたねを弁(わきま)え知って、それを愛執する心を長せしめないならば、
かれは、実に生を滅ぼしつくした終極を見る聖者であり、
妄想をすてて(迷える者の)部類に赴かない。


○正田大観先生訳
211.(209) 
〔迷いの生存の〕諸々の根拠を究明して、
〔その〕種子を撃破して、それに愛執〔の思い〕を与えないなら、
彼は、まさに、生の滅尽と終極を見る牟尼であり、
〔誤った〕考えを捨棄して、〔虚構の〕名称(概念)に近づくことがない(名づけを離れた存在となる)。(3)

○パーリ語原文
211.
サンカーヤ     ワットゥーニ    パマーヤ     ビージャン
Saṅkhāya      vatthūni       pamāya      bījaṃ,
熟慮し       諸々の根底を    砕いて      種を      

スィネーハマッサ       ナーヌッパウェッチェー
sinehamassa          nānuppavecche;
湿潤(愛情)をそれに     与えないのならば

サ    ウェー   ムニ     ジャーティハヤンタダッスィー
Sa    ve      munī     jātikhayantadassī,
彼は  実に    聖者      生の滅尽と終極を見る

タッカン     パハーヤ      ナ     ウペーティ     サンカン
takkaṃ     pahāya        na     upeti         saṅkhaṃ.
思量を      捨てて         ない     近づか        熟慮に


○一口メモ
今回の始めの言葉「サンカーヤ」は何を熟慮するのかが問題になります。①毎田先生は「物事が何に依つて成り立つかを注意深く考えて」としています。②中村先生は、208偈を受けて、「『平安の境』、(煩悩の起こる)基礎を考究して」としています。③正田先生は、「〔迷いの生存の〕諸々の根拠を究明して」としています。

熟慮した、注意深く考えた結果は、渇愛であると思います。渇愛を砕いて、その種とは、感覚です。感覚に湿潤(水)を与えないとは、感覚を感覚で止めることです。感覚について考えないことです。そうすると感覚から渇愛にならずに、渇愛は枯れるのです渇愛の滅は、生の滅尽と終極の涅槃になるのです。

前回は、心を騒がす煩悩の滅尽によって、聖者を静かな人、寂静によって特徴づけましたが、今回は、聖者を生(苦)の滅尽によって特徴づけています。すなわち、生(苦)の滅尽された方は聖者なのです。


渇愛に 水を与えず 枯らすなら 執着捨てた 聖者と言える<209>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎緊急連絡:9月15日(日)から9月19日(木)のゴータミー精舎における夜の自主瞑想会はお休みいたします。尚、朝5時から7時の自主瞑想回は通常通り行います。理由はワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するためです。しかし、朝の自主瞑想会は代理人により通常通り開催いたします。

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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