飛ぶ時は 孔雀白鳥に 及ばない 在家修行は 出家に遅れる<221>
○少年少女のためのスッタニパータ221.
・・・
出家が偉いわけではありません。
しかし、出家者は解脱のために、
在家の楽しみは捨てたのです。
そこが大きな違いなのです。
221.第1 蛇の章 12.聖者の経 15.
○毎田周一先生訳
221(15)
空を飛ぶ青頸(クビ)の孔雀が
どうしても白鳥の速さに及ばないやうに
俗人は 森林でただ一人冥想して道を修める「静かな人」の
真似をすることさへ出来ないのである
○中村元先生訳
221
譬えば青頸の孔雀が、空を飛ぶときは、
どうしても白鳥の速さに及ばないように、
在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。
○正田大観先生訳
223.(221)
たとえば、青首の孔雀が、
宙を赴くも、白鳥の速さには、いついかなる時であれ、近づき行くことがないように、
このように、在家者は、比丘には付いて行けない
――林のなかで〔常に〕瞑想している、遠離の牟尼には。ということで――(15)
○パーリ語原文
223.
スィキー ヤター ニーラギーヲー ウィハンガモー
Sikhī yathā nīlagīvo vihaṅgamo,
孔雀は 例えば 青頸の 空を行く時は
ハンサッサ ノーペーティ ジャワン クダーチャナン
haṃsassa nopeti javaṃ kudācanaṃ;
白鳥に対して 及ばない 速さに いかなる時も
エーワン ギヒー ナーヌカローティ ビクノー
Evaṃ gihī nānukaroti bhikkhuno,
このように 在家は 真似できない 比丘の
ムニノー ウィウィッタッサ ワナンヒ ジャーヤトーティ
Munino vivittassa vanamhi jhāyatoti.
聖者には 遠離の 林の中で 瞑想している・と
○一口メモ
この偈には次のような由来の話があります。シャカ族の人々の間で「最初に預流者になった人の方が、後から預流者になった人よりも、法の上ではより先輩だ。だから後から預流者になった出家者は、最初に預流者になった在家者に敬礼などをするべきだ。」という議論が始まりました。その話をある比丘が世尊に申し上げました。
それに対して世尊は「比丘達よ。たとえ在家者が不還者であっても、その人はその日に出家した沙弥(未成年の出家者)であっても、敬礼などをしなければならない。なぜならば、在家者はたとえ最初に預流者になっても、解脱の道を観察する智慧の速さは比丘にはついていけない。在家者は妻子などのしがらみに縛られているので智慧が遅いからである。ところが出家者はそのしがらみがないから智慧が鋭いのだ。」と述べられたということです。
青頸の孔雀と白鳥の譬えで述べられたこの美しい偈は、私が10年前にテーラワーダ仏教の比丘として出家をする切掛けの一つになった思い出であるものであります。それまでは、在家でも熱心に修行すれば悟れるのではないかと考えていました。確かにその通りでしょうが、速さが違うのだと思いました。またブッダは修行者に出家を進めておられるのだと思ったのです。
今回の221番の偈で「聖者の経」が終わります。同時に、この「聖者の経」の終わりでスッタニパータ「第1 蛇の章」が終わります。明日からは「第2 小さな章 1.宝経」が始まります。「宝経」は日本テーラワーダ仏教協会の「日常読誦経典」にも掲載されているテーラワーダ仏教に関心のある方にはなじみのあるお経だと思います。楽しみにして下さい。
尚、今まで掲載してきました毎田周一先生の訳文はなくなります。毎田先生は、スッタニパータは第1章と第4章でその内容は語り尽くされているというお考えで、第1章と第4章以外は訳されていないからです。そのため、第4章まで、毎田先生の訳はありません。御了承お願いいたします。
飛ぶ時は 孔雀白鳥に 及ばない 在家修行は 出家に遅れる<221>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
~~~~~~お知らせ~~~~~~
◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。
◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。
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出家が偉いわけではありません。
しかし、出家者は解脱のために、
在家の楽しみは捨てたのです。
そこが大きな違いなのです。
221.第1 蛇の章 12.聖者の経 15.
○毎田周一先生訳
221(15)
空を飛ぶ青頸(クビ)の孔雀が
どうしても白鳥の速さに及ばないやうに
俗人は 森林でただ一人冥想して道を修める「静かな人」の
真似をすることさへ出来ないのである
○中村元先生訳
221
譬えば青頸の孔雀が、空を飛ぶときは、
どうしても白鳥の速さに及ばないように、
在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。
○正田大観先生訳
223.(221)
たとえば、青首の孔雀が、
宙を赴くも、白鳥の速さには、いついかなる時であれ、近づき行くことがないように、
このように、在家者は、比丘には付いて行けない
――林のなかで〔常に〕瞑想している、遠離の牟尼には。ということで――(15)
○パーリ語原文
223.
スィキー ヤター ニーラギーヲー ウィハンガモー
Sikhī yathā nīlagīvo vihaṅgamo,
孔雀は 例えば 青頸の 空を行く時は
ハンサッサ ノーペーティ ジャワン クダーチャナン
haṃsassa nopeti javaṃ kudācanaṃ;
白鳥に対して 及ばない 速さに いかなる時も
エーワン ギヒー ナーヌカローティ ビクノー
Evaṃ gihī nānukaroti bhikkhuno,
このように 在家は 真似できない 比丘の
ムニノー ウィウィッタッサ ワナンヒ ジャーヤトーティ
Munino vivittassa vanamhi jhāyatoti.
聖者には 遠離の 林の中で 瞑想している・と
○一口メモ
この偈には次のような由来の話があります。シャカ族の人々の間で「最初に預流者になった人の方が、後から預流者になった人よりも、法の上ではより先輩だ。だから後から預流者になった出家者は、最初に預流者になった在家者に敬礼などをするべきだ。」という議論が始まりました。その話をある比丘が世尊に申し上げました。
それに対して世尊は「比丘達よ。たとえ在家者が不還者であっても、その人はその日に出家した沙弥(未成年の出家者)であっても、敬礼などをしなければならない。なぜならば、在家者はたとえ最初に預流者になっても、解脱の道を観察する智慧の速さは比丘にはついていけない。在家者は妻子などのしがらみに縛られているので智慧が遅いからである。ところが出家者はそのしがらみがないから智慧が鋭いのだ。」と述べられたということです。
青頸の孔雀と白鳥の譬えで述べられたこの美しい偈は、私が10年前にテーラワーダ仏教の比丘として出家をする切掛けの一つになった思い出であるものであります。それまでは、在家でも熱心に修行すれば悟れるのではないかと考えていました。確かにその通りでしょうが、速さが違うのだと思いました。またブッダは修行者に出家を進めておられるのだと思ったのです。
今回の221番の偈で「聖者の経」が終わります。同時に、この「聖者の経」の終わりでスッタニパータ「第1 蛇の章」が終わります。明日からは「第2 小さな章 1.宝経」が始まります。「宝経」は日本テーラワーダ仏教協会の「日常読誦経典」にも掲載されているテーラワーダ仏教に関心のある方にはなじみのあるお経だと思います。楽しみにして下さい。
尚、今まで掲載してきました毎田周一先生の訳文はなくなります。毎田先生は、スッタニパータは第1章と第4章でその内容は語り尽くされているというお考えで、第1章と第4章以外は訳されていないからです。そのため、第4章まで、毎田先生の訳はありません。御了承お願いいたします。
飛ぶ時は 孔雀白鳥に 及ばない 在家修行は 出家に遅れる<221>
○人生の万能薬(慈悲の瞑想)
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように
*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。
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